断片集



「どうしてもこの船でやりたかったのよねー」
少しして、ぼくのお見舞いに来てくれた古里さんが、そう言いながらりんごを差し出してきた。でもぼくは、歯がそんなに強くないし、このままじゃ食べられないな。
ベッドに座って、一応話を聞く。
「オーナーさんが、急に、無料で貸してくれたのよ。なんたってー、私の大ファンらしくて!」
「へぇ」
「他の貸し出しがあったみたいだけど、私が頼んだら、席を空けてくれちゃった! まぁ、その先客さんも、他の用事で使うだけみたいだし、私、ステージ使うくらいだからね。でもでも、すごくない?」
「権力による脅迫罪ですかー。すごーい」
こめかみをぐりぐりされた。
少しして解放されたぼくは、もらったりんごを持て余して、手で潰そうとしてみる。
この前テレビで観たのだ。プロレスラーさんがぐしゃあってやるのを。
「…………あら」
全然潰れなかった。
「何してるのよ」
古里さんが、ぼくからリンゴを取り上げる。
「あー」
そして、そのまま、ばりばりと食べてしまった。お、恐ろしい人……!
唖然としていると、彼女は「私、歯磨き粉のCM狙ってるから」と淡々と言って、部屋から出て行った。
へえ、そうですか。
部屋に、ユキが入ってくる。
「どうした?」
「おお。ユキ。久しぶり」
「さっき会ったぞ」
そうだっけ。
「もしこれが、最後になっても、ぼくのこと、たまに思い出してね」
「何を言ってるんだ」
「ん? なんか、きみの顔を見ていたら、言いたくなって」
ぼくが言うと、ユキは近くにそっとしゃがんだ。
「なに?」
「どうかしたのか。とても、辛そうに見えるが」
なぜ、ぼくが辛そうだと、そんな顔をするのだろう。理解できない。
戸惑ったけれど、すぐに笑って言う。
「いや、何も無いよ、ちょっと、疲れているだけ」
「そうか。もし何かあれば、言うのじゃぞ」
「うん。あのね」
「ん?」
「いままで、そばに居てくれてありがとう」
「ははっ。どうしたんじゃ、気味が悪い」
ユキは笑っている。
何にも汚されない、曇りの無い笑顔だ。
「ぼくが生きているのは、ただの暇つぶしだった。だから、そもそも、あまり、価値を持たせたり愛着を持たせたりするつもりはなかったんだけど――たまには、一度くらいは。普段しないことを真面目にして、それで終わろうかなって思っていてさ」
「終わるって、何が」
「ん? 世界だよ」
「そっか」
「時間が、来たのかもしれない」
ユキと、昔の話をした。
××ちゃんのお墓参りには、一緒に行ってくれるらしい。