二ヶ月ぶりにエイゼンシュタインから届いた手紙に、アイリーンは心を躍らせながら封を開けた。
 タリアレーナ王国にいる兄のウィリアムは、エイゼンシュタインにいる従兄弟、ジョージの名前を借りて居るので、すべての手紙は、タリアレーナ王国にいる叔母のキャスリーンから、エイゼンシュタインに留学中の息子、ライオネル宛てに見せかけて姉のブリジット宛に送られ、叔母のブリジットからアイリーン宛てにエイゼンシュタインから送られてくる。ある意味、世界を半周するような無駄な動きではあるが、王太子が不在であることを絶対にパレマキリアに知られる訳に行かないデロス王国としては、一世一代の大芝居。亡くなった王妃の妹二人を巻き込む、まさに世界を股に掛けた壮大な計略ともいえた。
 こんな非常識且つ、滅茶苦茶な計画が二年もバレずに続いているのは、単に祖父の戦略的政略結婚術が功を奏しただけではない。デロス国民が海の女神の神殿で巫女をつとめるアイリーンの言葉を信託のように信じてくれる素直な国民性を持っているからでもある。
 事実、祭りの時にラフカディオとアイゼンハイムを従え、海の女神の神殿内を歩くアイリーンの姿は、海の女神が陸に上がっている時の姿絵から抜け出してきたようだと、その姿を一目見たいと、国中から神殿下の砂浜に人々が押し寄せるほどだ。
 アイリーンのストロベリーブロンドの髪が輝き、ラフカディオの銀色の毛がその光を受けたように輝く。そして、アイゼンハイムの獅子のような白いたてがみとキラキラと七色の光を放つ赤い毛皮は、アイリーンの美しさを引き立て、神秘的に見せた。
 列強六ヶ国同盟に加盟するエイゼンシュタイン王国の伯爵家とタリアレーナ王国の侯爵家に妹が嫁いでいる王妃は、デロス王国の吹けば飛ぶような小さな存在を色濃くしたし、母から受け継いだストロベリーブロンドの髪のアイリーンをイエロス・トポスが海の女神の生まれ変わりとして、真の巫女に贈られる銀狼ラフカディオを祝いの品として贈ったことで、パレマキリアが主張していた、デロス王国は元々パレマキリアの一部であり、主権はパレマキリア王国にあるという言い分は、列強六カ国同盟によって否定された。