デロスの城下町は小さいので、子供のころから何度となくお忍びで出歩いているアイリーンにとっては知らない場所ではない。しかし、酒場街となると訳が違う。
兄のウィリアムも、婚約者のアルフレッドも、ここから先は女性の立ち入る場所ではないからと正確には一度もアイリーンを連れて行ってくれたことはない。ただ地図でのみ、ここからここまでが酒場街だと知っているだけだった。
きちんとまっすぐに太い道の整備された城下町とは違い、一歩酒場街に足を踏み入れると、おかしいくらい細い道がくねくねとしていて、どこも同じように見えた。
(・・・・・・・・どうして、こんなに道が細くて入り組んでいるのかしら? 帰ったら、行政官に町の区画整理からどうしてここが外れているのかを確認しないと。これじゃあ、荷物を運ぶのも大変だし、街灯の整備も遅れていて夜はくらいし。治安が悪くなるわ・・・・・・・・)
アルフレッドが教えてくれた酒場を探して歩きながら、アイリーンは考えた。
(・・・・・・・・えっと、確かレッド・ライオンとグリーンズゲートだったわね・・・・・・・・)
看板を眺めながら歩いていたアイリーンは、『赤いライオン』と書かれたパブの前で足を止めた。
(・・・・・・・・え? 赤いライオン? レッド・ライオンってフレドは言ったけれど、ここなのかしら?・・・・・・・・)
アイリーンは迷いながらも、酒場の扉をくぐった。
まだ陽が高いと言うのに、薄暗い店の中は煙草の煙で霧がかかった様で、視界はかなり悪かったが、半裸に近い筋肉モリモリの男達が、たわわな果実が今にもこぼれ出そうなくらいに強調された胸元を恥ずかしげも無く披露しケバケバしい安物のレースの盛られたドレスに身を包んでいる女性を腕に抱いてジョッキやボトル、飾り気のない曇ったグラスに注がれたお酒をくゆらせるどころか、グビグビとハイピッチで飲んでいる姿に、アイリーンは一歩目で足が前に進まなくなり、入口に立ち尽くした。
「お嬢ちゃん、邪魔だぜ!」
後から入ってきた客に押し出しならぬ、押し入れ式に店の奥へと押されたアイリーンは、自分のことをジロジロと不躾な眼差しで見つめる男達に脂汗と冷や汗が流れ始めた。
(・・・・・・・・本当に、ここにいる人達がフレドの言った、まともな船乗りなの? どうしたらいいんだろう、とても声をかけられる雰囲気じゃ全くないわ。それに、パレマキリア語も聞こえる。本当に、安全なのかしら・・・・・・・・)
日頃言葉を交わす船乗りは、大抵が漁師か客船のパーサーや船長なので、アイリーンはアルフレッドの言った『まとも』かどうかを図る尺度も判断も持ち合わせていなかった。
戸惑うアイリーンの目の前で、男達は露骨に女性達の体に触り、目配せしては二階を見上げ、何やら値段の交渉をしているようにも見えた。
(・・・・・・・・もしかして、やっぱり貨物船でも船に乗せて貰うには、お金がいるのかしら? でも、あの女性達は船に乗りたい訳じゃないのよね? ここで、働いているのよね? だって、あのドレス。どう見ても、貨物船で働く格好には見えないし。女性たちの言葉も、デロスの民とは響きが違うし、肌の色も髪の色もデロスの民とは違う気がする・・・・・・・・)
立ち尽くしているアイリーンに、カウンターから髭面の男が歩み寄ってきた。
「お嬢ちゃん、働きたいのか?」
男は働きたいなら、裏口から入って来いよ、ここは客が出入りする場所だとでも言いたげな様子で、アイリーンのささやかな胸を見下ろした。
「あ、いえ。私は、船に乗りたいんです」
アイリーンが答えると、男はマジマジとアイリーンを見つめた。
「つまり、客船に乗るための金を稼ぎたいって事か?」
「いえ、客船じゃなくて、貨物船に乗りたいんです」
アイリーンの答えに、男は大きな声で笑い始めた。
「嬢ちゃん、まず学校に行くんだな。貨物船ってのは、荷物を運ぶ船の事で、人は運ばねえんだ。どうしても貨物船に乗りたいなら、ここの客に負けないくらい筋肉をつけて重い荷物を運べるようになるか、そうだな、自分が箱にでも入って荷物にでもなるんだな。悪いこたぁ言わねぇ。船に乗りたいなら、お小遣いを貯めて客船に乗るんだな。ここは大人の来る店だ。さあ、子供は帰った帰った!」
そんな事は言われなくてもと、喉元まで言葉が出そうになったが、アイリーンは必死に我慢した。
兄のウィリアムも、婚約者のアルフレッドも、ここから先は女性の立ち入る場所ではないからと正確には一度もアイリーンを連れて行ってくれたことはない。ただ地図でのみ、ここからここまでが酒場街だと知っているだけだった。
きちんとまっすぐに太い道の整備された城下町とは違い、一歩酒場街に足を踏み入れると、おかしいくらい細い道がくねくねとしていて、どこも同じように見えた。
(・・・・・・・・どうして、こんなに道が細くて入り組んでいるのかしら? 帰ったら、行政官に町の区画整理からどうしてここが外れているのかを確認しないと。これじゃあ、荷物を運ぶのも大変だし、街灯の整備も遅れていて夜はくらいし。治安が悪くなるわ・・・・・・・・)
アルフレッドが教えてくれた酒場を探して歩きながら、アイリーンは考えた。
(・・・・・・・・えっと、確かレッド・ライオンとグリーンズゲートだったわね・・・・・・・・)
看板を眺めながら歩いていたアイリーンは、『赤いライオン』と書かれたパブの前で足を止めた。
(・・・・・・・・え? 赤いライオン? レッド・ライオンってフレドは言ったけれど、ここなのかしら?・・・・・・・・)
アイリーンは迷いながらも、酒場の扉をくぐった。
まだ陽が高いと言うのに、薄暗い店の中は煙草の煙で霧がかかった様で、視界はかなり悪かったが、半裸に近い筋肉モリモリの男達が、たわわな果実が今にもこぼれ出そうなくらいに強調された胸元を恥ずかしげも無く披露しケバケバしい安物のレースの盛られたドレスに身を包んでいる女性を腕に抱いてジョッキやボトル、飾り気のない曇ったグラスに注がれたお酒をくゆらせるどころか、グビグビとハイピッチで飲んでいる姿に、アイリーンは一歩目で足が前に進まなくなり、入口に立ち尽くした。
「お嬢ちゃん、邪魔だぜ!」
後から入ってきた客に押し出しならぬ、押し入れ式に店の奥へと押されたアイリーンは、自分のことをジロジロと不躾な眼差しで見つめる男達に脂汗と冷や汗が流れ始めた。
(・・・・・・・・本当に、ここにいる人達がフレドの言った、まともな船乗りなの? どうしたらいいんだろう、とても声をかけられる雰囲気じゃ全くないわ。それに、パレマキリア語も聞こえる。本当に、安全なのかしら・・・・・・・・)
日頃言葉を交わす船乗りは、大抵が漁師か客船のパーサーや船長なので、アイリーンはアルフレッドの言った『まとも』かどうかを図る尺度も判断も持ち合わせていなかった。
戸惑うアイリーンの目の前で、男達は露骨に女性達の体に触り、目配せしては二階を見上げ、何やら値段の交渉をしているようにも見えた。
(・・・・・・・・もしかして、やっぱり貨物船でも船に乗せて貰うには、お金がいるのかしら? でも、あの女性達は船に乗りたい訳じゃないのよね? ここで、働いているのよね? だって、あのドレス。どう見ても、貨物船で働く格好には見えないし。女性たちの言葉も、デロスの民とは響きが違うし、肌の色も髪の色もデロスの民とは違う気がする・・・・・・・・)
立ち尽くしているアイリーンに、カウンターから髭面の男が歩み寄ってきた。
「お嬢ちゃん、働きたいのか?」
男は働きたいなら、裏口から入って来いよ、ここは客が出入りする場所だとでも言いたげな様子で、アイリーンのささやかな胸を見下ろした。
「あ、いえ。私は、船に乗りたいんです」
アイリーンが答えると、男はマジマジとアイリーンを見つめた。
「つまり、客船に乗るための金を稼ぎたいって事か?」
「いえ、客船じゃなくて、貨物船に乗りたいんです」
アイリーンの答えに、男は大きな声で笑い始めた。
「嬢ちゃん、まず学校に行くんだな。貨物船ってのは、荷物を運ぶ船の事で、人は運ばねえんだ。どうしても貨物船に乗りたいなら、ここの客に負けないくらい筋肉をつけて重い荷物を運べるようになるか、そうだな、自分が箱にでも入って荷物にでもなるんだな。悪いこたぁ言わねぇ。船に乗りたいなら、お小遣いを貯めて客船に乗るんだな。ここは大人の来る店だ。さあ、子供は帰った帰った!」
そんな事は言われなくてもと、喉元まで言葉が出そうになったが、アイリーンは必死に我慢した。



