アイリーンの自室には、毎日の約束で、朝議までに目を通さなくてはいけない書類の山と、書類を見ながらでも食べる事の出来る軽食に近い夕食とデザートのフルーツが用意されていた。
「姫様、お顔の色が・・・・・・、侍医を召しましょうか?」
 侍女のローズマリーが心配げに尋ねた。
「大丈夫よ、ローズ。ただの過労だから。診察を受ける時間がもったいないわ。私が食事をして、書類に目を通すまで休んでいて構わないわ。今晩、フレドが来ることになっているから、お願いね」
 アイリーンが言うと、ローズマリーは一礼して部屋を後にした。

(・・・・・・・・どうしよう。お父様が病に倒れたと、連絡するべき? 風邪をこじらせたのは事実だけれど、本当は長年の過労で心臓に負担がかかっているのが原因らしい。お兄様が戻って下されば、少しはよくなるかもしれないけれど・・・・・・・・)

 王宮の奥で病気療養中とされている第一王子ウィリアムは、実のところは二年前からタリアレーナ王国に留学している。

 タリアレーナ王国は芸術と情熱の国として有名で、多くの優秀な芸術家を生み出している。そして、都合のいいことに、タリアレーナ王国には、亡くなった王妃の妹にあたる叔母が侯爵家に嫁いでいる。そして、付け加えるなら、エイゼンシュタインの伯爵家へ嫁いだ亡き王妃の妹の息子、つまり従兄弟のジョージがウィリアムと同じ金髪であることから、タリアレーナ王国への留学はデロスの王太子としてではなく、エイゼンシュタイン王国のアストン伯爵家の次男、ジョージとして王太子のウィリアムは留学している。
 そこまでして身分を偽る理由は、デロス王国の王子と知られると、パレマキリアから刺客が送られる可能性があるからだ。秘密が洩れることを怖れた叔母のキャスリーンは、夫であるシュナイダー侯爵にも真実を告げずにウィリアムを預かってくれている。
 時間はかかるが、手紙は一旦エイゼンシュタインに居る叔母のブリジットを介して、一番安全で秘密の漏れない方法でやりとりしていたが、その分、連絡がリアルタイムでとれないこともあり、アイリーンはいつ兄に父の病気を報せるかで悩んでいた。
 兄の留学期間は三年。残すところ後一年弱、留学中は最低限の事しか国のことでは煩わせたくないと、アイリーンは巫女と王太子代理の二役をこの二年つつがなくこなしてきた。しかし、国王代理がそこに上乗せされることは全くの想定外だった。

 民も臣下も、王太子が全身に疱瘡ができ、もがき苦しむ奇病にかかり、王宮の奥深く、光の当たらない場所で半ば隔離状態で加療しているという、アイリーンが無い知恵を振り絞って考えた嘘を信じているので、国王は王太子の病が心配で倒れられたに違いないと、臣下は皆納得した。それと同時に、こうなってはアイリーンを王太子として遇し、ゆくゆくは女王に、そして婚約者であるアルフレッドを王配にと、臣下は諸手をあげてアイリーンの一人三役を承認した。