お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 あてがわれた客室に戻ったカルヴァンは、アンドレだけを残して人払いすると、罵詈雑言を吐き出した。
「ふざけるな! 何が相思相愛だ! 武力を行使し、民の命を脅かして無理矢理に婚姻を承諾させたくせに・・・・・・。クソっ!」
 今にも手近なものをすべて薙ぎ払いそうなカルヴァンの姿に、アンドレは『殿下』と声をかけて静まるように促した。
 人払いしたとは言え、他国の王城に留まっている今、壁に耳ありは常に心に留めて置かなくてはならない。
「わかっている」
 カルヴァンは答えると、毒味済みの葡萄酒を煽った。
 カルヴァンの記憶にあるアイリーンの事は、絶対に言葉にすることは出来ない。なぜなら、エクソシアの皇太子であるカルヴァンは、デロスの王女であるアイリーンとは面識が無いことになっているからだ。
 それでも、カルヴァドスとして出逢ったアイリーン付きの侍女のフリをしたアイリーンの姿は、カルヴァンの記憶に鮮やかに残っている。意に沿わぬ婚姻ではあるが王女の務めとして、甘んじて承諾しなくてはならないこと。暴力的に無理矢理奪われたファーストキス、世間でも知られたダリウス王子の残忍さや偏執的な愛情のありかた。
 ダリウス王子に怯えるアイリーンの姿は痛々しく、この婚姻が決して幸せなものにならないことをアイリーンは承知の上で、民と国のために王女として果たさなくてはならない事として受け入れ、愛するカルヴァドスをも拒絶し、何もかも全てをダリウス王子に捧げる覚悟をしているのだと考えると、この手でダリウス王子を殺してしまいたいとさえカルヴァンは思った。

 最後にもう一度、アイリーンに口付けたいと望んだカルヴァドス、いや、カルヴァンの願いは、アイリーンの王女としての覚悟の前に叶うことはなかった。でも、そんなアイリーンだから、カルヴァンは愛したのだった。それは遠くから見つめ恋い焦がれて居たときに胸に抱いていた憧れのような想いとは似て非なるもの、魂が魂に惹かれる様な、そんな深い愛情で結ばれながら、互いの立場のために別れるしかなかったのがカルヴァンとアイリーンだった。この別れは、あくまでも一時的なものとカルヴァンは思っているが、アイリーンは今生の別れと思っていることは、あの時の態度でカルヴァンにも分かっていた。
 アイリーンと相思相愛なのは、決してダリウス王子ではない。アイリーンが愛した唯一無二の相手は自分だと、カルヴァンは何度も言ってしまいたくなったが、それだけは口にすることが出来なかった。
 しかし、こうも明け透けなまでに、二人が相思相愛だと言い募られると、カルヴァンのアイリーンへの想いが募るばかりだった。
 我知らず、カルヴァンはアイリーンの白い肌、清廉な色気の漂ううなじ、さくらんぼ色の唇、折れそうに細いウェスト、輝くストロベリーブロンドの髪、そして甘く優しいバラの香りを思い出してしまった。

(・・・・・・・・ああ、アイリ、今はどの辺だろうか? 予定通りなら、そろそろパレマキリア沖に入る頃のはず。元気にしているだろうか?・・・・・・・・)

 考えれば考えるほど、カルヴァンはアイリーンが恋しくてたまらなくなっていった。

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