クルー達が食事で使う大きな部屋の壁には、アイリーンが書いた手本が貼られ、文字が少しでも読めるようになりたいグループ、ある程度読み書きは出来るが、文法が分からないグループ、物の名前が知りたいグループに分かれて座っていた。
前回から引き続き、文字が読めるようになりたいグループは、壁に貼られた手本を書き写して仲間内で教えあう独学が殆どで、物の名前を覚えたいグループにはコパルが付き添って名前を教えた。そして、文法のグループにアイリーンが付き添うのがほぼお約束になっていた。
基本、クルーが書く手紙は恋文か家族に安否を知らせる手紙なので、使う言葉もおおよそ決まってくる。そこで、安否の手紙は幾つかバージョンを作り、使い回しが出来るように手本を作ったが、恋文ばかりはそうは行かない。
あの手この手で本人達が考えた内容を口述筆記し、それを改めて自分で書き直して行きながら、文法を覚えていくと言う方法をとっていた。
どんなに下手な文字でも、代筆ではなく、本人手書きの恋文の方が想いが伝わるからとアイリーンが勧めたのもあるが、代筆を一手に引き受けていたカルヴァドスが船を降りてしまった今、代筆ができるのはドクターと二等航海士の二人位だったので、揺れの激しい船内でも文字の勉強に集まるクルーは少なくなかった。
何しろ寄港先で代筆を頼むとなると代筆代は無料ではないから、自分で書けるようになることは、少ない給金でやりくりするクルー達にとっては重要な事だった。
コパルはクルーに頼んで現物を運ぶ、もしくは、船内を歩きながら教えるという方法を使い、食材や色々な物を見ながら名前や色を覚えるようにしたので、それはそれでクルー達にも評判が良かった。ただアイリーンと違いコパルが教えられるのは、タリアレーナの言葉で、エクソシアや他の国の綴りや発音ではないので、それだけが残念がられた。
「なあ、姫さん。兄貴の住所、俺にも教えてくれよ」
オスカーはこっそりアイリーンの耳元で囁いた。
「ごめんなさい。私、本当に知らないの・・・・・・」
アイリーンが答えると、オスカーはまじまじとアイリーンの事を見つめた。
「じゃあ、本当に姫さんと兄貴は別れちまったんですか?」
元々カルヴァドスに懐き、その恋人であるアイリーンに懐いていたオスカーは、敬愛する一等航海士と別れたアイリーンが可愛そうな気がしてかける言葉が見つからなかった。
「やっぱり、アニキが心変わりしたんですか?」
一途なアイリーンがカルヴァドスを裏切るとは思えなかったので、港という港で金払いも良く、ひっきりなしに女性達にモテていたカルヴァドスを知っているオスカーは、カルヴァドスの心変わり以外考え付かなかったので、言葉は知らぬうちに口をついて出てしまった。
「それは違います。お互いの事情が許さなくなったのです。あの方は、お父様のところに帰らなくてはならなくなり、私は国に帰らなくてはならないので、仕方がなかったのです」
アイリーンの言葉に、オスカーは残念そうに俯いた。
「アニキと姫さん、お似合いだったのに・・・・・・。やっぱり俺らと違って、貴族に生まれると大変なんですね。アニキ、いくら一等航海士っても金回りが良すぎるから、俺、理由を訊いたことがあるんです。それで、俺はアニキが貴族だって知ってたんです。だから、デロスの港でアニキが貴族の姫さんを連れてきた時も俺は驚かなかった。クルーの中には貴族の姫さんとは釣り合わないって、アニキがモテるのをひがんで陰口叩いたりする奴も居たりしたけど、そいつ等みんなアンドレさんに一番辛い仕事に回されてたんですけどね。でも姫さん、アニキと別れたって大っぴらにしないほうが良いと思うぜ。姫さん可愛いから、この船にも姫さん狙ってる奴は沢山いるし。俺と姫さんだけの内緒ってことで・・・・・・」
オスカーの言葉にアイリーンは無言で頷いた。
カルヴァドスもアンドレも居ない船の中でトラブルが起きたら船長やドクターに迷惑がかかるので、アイリーンは黙ってオスカーの言葉に従うことにした。
オスカーがアイリーンのそばから離れると、次々に質問したいクルーがアイリーンのところへとやってきた。
アイリーンは使い回しのフレーズを組み合わせているクルーに、文法的な説明を交えながら、より正しい組み合わせに組み直して見せたりした。
そこへアイリーンやコパルの声が聞こえたのか、カトリーヌが姿を見せた。
「あの、私もお手伝いします」
カトリーヌの言葉に、クルー達は大喜びで代筆を頼み始めた。
カトリーヌの事はアイリーンも気にはしていた。アイリーンがパレマキリアへ嫁ぐと聞いた兄のウィリアムがカトリーヌとの仲を速やかに精算することは言わずもがなな事だったので、カトリーヌがそれで傷つかない事をアイリーンは祈るばかりだった。
そのこともあり、アイリーンはコパルと同じく、自分達が身元保証人になり、カトリーヌをエイゼンシュタインに逃がすことも考えていた。とは言え、カトリーヌの処遇を決めるのはウィリアムの責任に於いて行われるべきことなので、アイリーンはあくまでもアイデアを出す程度で、それ以上、差し出がましい事をするつもりはなかった。
文字や文法を教える時間が終わると、アイリーンは来たときのようにオスカーに守られて部屋へと帰った。コパルは仕事を手伝うと言って階下に残ったので、アイリーンは一人、部屋のベッドに座って溜め息をついた。
☆☆☆
前回から引き続き、文字が読めるようになりたいグループは、壁に貼られた手本を書き写して仲間内で教えあう独学が殆どで、物の名前を覚えたいグループにはコパルが付き添って名前を教えた。そして、文法のグループにアイリーンが付き添うのがほぼお約束になっていた。
基本、クルーが書く手紙は恋文か家族に安否を知らせる手紙なので、使う言葉もおおよそ決まってくる。そこで、安否の手紙は幾つかバージョンを作り、使い回しが出来るように手本を作ったが、恋文ばかりはそうは行かない。
あの手この手で本人達が考えた内容を口述筆記し、それを改めて自分で書き直して行きながら、文法を覚えていくと言う方法をとっていた。
どんなに下手な文字でも、代筆ではなく、本人手書きの恋文の方が想いが伝わるからとアイリーンが勧めたのもあるが、代筆を一手に引き受けていたカルヴァドスが船を降りてしまった今、代筆ができるのはドクターと二等航海士の二人位だったので、揺れの激しい船内でも文字の勉強に集まるクルーは少なくなかった。
何しろ寄港先で代筆を頼むとなると代筆代は無料ではないから、自分で書けるようになることは、少ない給金でやりくりするクルー達にとっては重要な事だった。
コパルはクルーに頼んで現物を運ぶ、もしくは、船内を歩きながら教えるという方法を使い、食材や色々な物を見ながら名前や色を覚えるようにしたので、それはそれでクルー達にも評判が良かった。ただアイリーンと違いコパルが教えられるのは、タリアレーナの言葉で、エクソシアや他の国の綴りや発音ではないので、それだけが残念がられた。
「なあ、姫さん。兄貴の住所、俺にも教えてくれよ」
オスカーはこっそりアイリーンの耳元で囁いた。
「ごめんなさい。私、本当に知らないの・・・・・・」
アイリーンが答えると、オスカーはまじまじとアイリーンの事を見つめた。
「じゃあ、本当に姫さんと兄貴は別れちまったんですか?」
元々カルヴァドスに懐き、その恋人であるアイリーンに懐いていたオスカーは、敬愛する一等航海士と別れたアイリーンが可愛そうな気がしてかける言葉が見つからなかった。
「やっぱり、アニキが心変わりしたんですか?」
一途なアイリーンがカルヴァドスを裏切るとは思えなかったので、港という港で金払いも良く、ひっきりなしに女性達にモテていたカルヴァドスを知っているオスカーは、カルヴァドスの心変わり以外考え付かなかったので、言葉は知らぬうちに口をついて出てしまった。
「それは違います。お互いの事情が許さなくなったのです。あの方は、お父様のところに帰らなくてはならなくなり、私は国に帰らなくてはならないので、仕方がなかったのです」
アイリーンの言葉に、オスカーは残念そうに俯いた。
「アニキと姫さん、お似合いだったのに・・・・・・。やっぱり俺らと違って、貴族に生まれると大変なんですね。アニキ、いくら一等航海士っても金回りが良すぎるから、俺、理由を訊いたことがあるんです。それで、俺はアニキが貴族だって知ってたんです。だから、デロスの港でアニキが貴族の姫さんを連れてきた時も俺は驚かなかった。クルーの中には貴族の姫さんとは釣り合わないって、アニキがモテるのをひがんで陰口叩いたりする奴も居たりしたけど、そいつ等みんなアンドレさんに一番辛い仕事に回されてたんですけどね。でも姫さん、アニキと別れたって大っぴらにしないほうが良いと思うぜ。姫さん可愛いから、この船にも姫さん狙ってる奴は沢山いるし。俺と姫さんだけの内緒ってことで・・・・・・」
オスカーの言葉にアイリーンは無言で頷いた。
カルヴァドスもアンドレも居ない船の中でトラブルが起きたら船長やドクターに迷惑がかかるので、アイリーンは黙ってオスカーの言葉に従うことにした。
オスカーがアイリーンのそばから離れると、次々に質問したいクルーがアイリーンのところへとやってきた。
アイリーンは使い回しのフレーズを組み合わせているクルーに、文法的な説明を交えながら、より正しい組み合わせに組み直して見せたりした。
そこへアイリーンやコパルの声が聞こえたのか、カトリーヌが姿を見せた。
「あの、私もお手伝いします」
カトリーヌの言葉に、クルー達は大喜びで代筆を頼み始めた。
カトリーヌの事はアイリーンも気にはしていた。アイリーンがパレマキリアへ嫁ぐと聞いた兄のウィリアムがカトリーヌとの仲を速やかに精算することは言わずもがなな事だったので、カトリーヌがそれで傷つかない事をアイリーンは祈るばかりだった。
そのこともあり、アイリーンはコパルと同じく、自分達が身元保証人になり、カトリーヌをエイゼンシュタインに逃がすことも考えていた。とは言え、カトリーヌの処遇を決めるのはウィリアムの責任に於いて行われるべきことなので、アイリーンはあくまでもアイデアを出す程度で、それ以上、差し出がましい事をするつもりはなかった。
文字や文法を教える時間が終わると、アイリーンは来たときのようにオスカーに守られて部屋へと帰った。コパルは仕事を手伝うと言って階下に残ったので、アイリーンは一人、部屋のベッドに座って溜め息をついた。
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