ラフカディオと交代したアイゼンハイムは、いつものように目障りな間者を動けなくしてはアルフレッドに引き渡した。
主であるアイリーンが不在でも、やることは変わらない。しかし、ギュッと抱きしめて誉めて貰えるのと貰えないのでは、アイゼンハイムのやる気は大きく変わる。
飛びつき、一人目を押し倒すと、すかさずアイゼンハイムは二人目に牙を剥いた。
グシャリと骨がつぶれる音がして、口の中が血の味に染まった。
「おいアイゼンハイム、お前もか?」
呆れたような声が聞こえ、狙いがずれたことをアイゼンハイムは悟った。
余りのことに、最初に押し倒した男はすえた臭いを滴らせながら震えていた。
「おい! 貴様、なぜ姫の私室の近くを彷徨いていた?」
言葉を話せないアイゼンハイムに代わってアルフレッドが詰問した。
最近は、以前のように毎晩来るわけではないが、それでも毎週姿を見せる目障りな連中ではあったが、決して殺してはいけないとアイリーンからアイゼンハイムは何度も言われていた。
「約束の時を前に、姫が六ヶ国同盟国に逃げるのではないかと殿下が心配されるので、定期的に監視をしているだけだ」
震えながらも、開き直ったようにパレマキリアの間者は答えた。
「なら、そんな心配は必要ない。うちの姫様は約束を守る方だからな」
アルフレッドは言うと、部下に男を引き渡し、困ったようにアイゼンハイムを見つめた。
「アイゼンハイム、その口の物をいいかげん吐き出してこっちに来い。俺が毛皮を洗ってやる」
アイゼンハイムは、まだ咥えていた物をポトリと地面に落とした。
肩に噛みついたつもりのアイゼンハイムだったが、目標がずれたのかそこは首だった。息絶えた男の躯は、迷惑極まりないほどに血を吹き出したので、さすがに赤毛のアイゼンハイムも目にも明らかなほど血まみれになっていた。
「大丈夫だ、安心しろ。アイリには言わないから。それに、向こうも動いていたからタイミングが狂っただけだよな」
アルフレッドは言うと、水場でアイゼンハイムの毛皮を洗い、口の中の血も洗い流してくれた。
しかし、血の臭いはそう簡単には消えない。アイゼンハイムは水場から走り去ると、そのまま散歩コースの噴水に飛び込み、頭から噴水の水をジャブジャブと浴び、水の中を走り回った。
「おい、それじゃ部屋が水浸しになるだろうが!」
アルフレッドが部下に届けさせたタオルを広げて見せたので、アイゼンハイムは仕方なく噴水を出てアルフレッドに歩み寄った。
アイリーンのように優しくも丁寧でもないが、アルフレッドに毛を拭いて貰うと、それでもアイゼンハイムは気持ち良いと感じた。拭いてくれるのならローズマリーが良かったのにと思いながら、アイゼンハイムはアルフレッドの体からローズマリーの香りがするのに気付いた。
アルフレッドとローズマリーの二人が互いの匂いをさせているのは、ずっと前からのことだったが、それを初めて知った時のアイリーンの驚きをアイゼンハイムは今も覚えている。
「ご苦労様、アイゼンハイム。引き続き、よろしく頼むぜ。ラフカディオは、月が大きいときは調子が悪いからな」
毛を拭き終えたアルフレッドの言葉を背に、アイゼンハイムが部屋に戻るとベッドの上にラフカディオが寝ていた。互いに目と目で挨拶し、アイゼンハイムは窓際のお気に入りのクッションの所へと戻った。
ラフカディオも、主であるアイリーンに逢いたくてたまらないのだと分かるから、生まれて初めて、こんなに長く離れている時をどうしていいのか、互いに試行錯誤しているのだとアイゼンハイムは思った。
アルフレッドやローズマリーのように言葉が話せたら、アイリーンがいつ帰るのか尋ねられるのにと、もしかしたらラフカディオも思っているのかもしれないと考えながら、アイゼンハイムはクッションの隣に体を横たえた。
朝になってやってきたローズマリーは、気だるそうなラフカディオにアイリーンが小さかった頃に着ていたドレスを渡し、懐かしくも愛しいアイリーンの匂いを思い出させるように嗅がせ、もう一枚のドレスをアイゼンハイムのクッションの脇に置いてくれた。
「アイジー、夕べは活躍だったんでしょう?」
ローズマリーは失敗したことを聞いていないようで、ラフカディオの食事をセットしてから、茶碗を持ってアイゼンハイムに歩み寄ってきた。
「食事が終わったら、二人ともブラッシングしましょうね」
ローズマリーは言うと、カーテンと窓を開けてから一旦寝室から出ていった。
結局その日も、アイゼンハイムにとっては主であるアイリーンのいないつまらない一日だった。
☆☆☆
主であるアイリーンが不在でも、やることは変わらない。しかし、ギュッと抱きしめて誉めて貰えるのと貰えないのでは、アイゼンハイムのやる気は大きく変わる。
飛びつき、一人目を押し倒すと、すかさずアイゼンハイムは二人目に牙を剥いた。
グシャリと骨がつぶれる音がして、口の中が血の味に染まった。
「おいアイゼンハイム、お前もか?」
呆れたような声が聞こえ、狙いがずれたことをアイゼンハイムは悟った。
余りのことに、最初に押し倒した男はすえた臭いを滴らせながら震えていた。
「おい! 貴様、なぜ姫の私室の近くを彷徨いていた?」
言葉を話せないアイゼンハイムに代わってアルフレッドが詰問した。
最近は、以前のように毎晩来るわけではないが、それでも毎週姿を見せる目障りな連中ではあったが、決して殺してはいけないとアイリーンからアイゼンハイムは何度も言われていた。
「約束の時を前に、姫が六ヶ国同盟国に逃げるのではないかと殿下が心配されるので、定期的に監視をしているだけだ」
震えながらも、開き直ったようにパレマキリアの間者は答えた。
「なら、そんな心配は必要ない。うちの姫様は約束を守る方だからな」
アルフレッドは言うと、部下に男を引き渡し、困ったようにアイゼンハイムを見つめた。
「アイゼンハイム、その口の物をいいかげん吐き出してこっちに来い。俺が毛皮を洗ってやる」
アイゼンハイムは、まだ咥えていた物をポトリと地面に落とした。
肩に噛みついたつもりのアイゼンハイムだったが、目標がずれたのかそこは首だった。息絶えた男の躯は、迷惑極まりないほどに血を吹き出したので、さすがに赤毛のアイゼンハイムも目にも明らかなほど血まみれになっていた。
「大丈夫だ、安心しろ。アイリには言わないから。それに、向こうも動いていたからタイミングが狂っただけだよな」
アルフレッドは言うと、水場でアイゼンハイムの毛皮を洗い、口の中の血も洗い流してくれた。
しかし、血の臭いはそう簡単には消えない。アイゼンハイムは水場から走り去ると、そのまま散歩コースの噴水に飛び込み、頭から噴水の水をジャブジャブと浴び、水の中を走り回った。
「おい、それじゃ部屋が水浸しになるだろうが!」
アルフレッドが部下に届けさせたタオルを広げて見せたので、アイゼンハイムは仕方なく噴水を出てアルフレッドに歩み寄った。
アイリーンのように優しくも丁寧でもないが、アルフレッドに毛を拭いて貰うと、それでもアイゼンハイムは気持ち良いと感じた。拭いてくれるのならローズマリーが良かったのにと思いながら、アイゼンハイムはアルフレッドの体からローズマリーの香りがするのに気付いた。
アルフレッドとローズマリーの二人が互いの匂いをさせているのは、ずっと前からのことだったが、それを初めて知った時のアイリーンの驚きをアイゼンハイムは今も覚えている。
「ご苦労様、アイゼンハイム。引き続き、よろしく頼むぜ。ラフカディオは、月が大きいときは調子が悪いからな」
毛を拭き終えたアルフレッドの言葉を背に、アイゼンハイムが部屋に戻るとベッドの上にラフカディオが寝ていた。互いに目と目で挨拶し、アイゼンハイムは窓際のお気に入りのクッションの所へと戻った。
ラフカディオも、主であるアイリーンに逢いたくてたまらないのだと分かるから、生まれて初めて、こんなに長く離れている時をどうしていいのか、互いに試行錯誤しているのだとアイゼンハイムは思った。
アルフレッドやローズマリーのように言葉が話せたら、アイリーンがいつ帰るのか尋ねられるのにと、もしかしたらラフカディオも思っているのかもしれないと考えながら、アイゼンハイムはクッションの隣に体を横たえた。
朝になってやってきたローズマリーは、気だるそうなラフカディオにアイリーンが小さかった頃に着ていたドレスを渡し、懐かしくも愛しいアイリーンの匂いを思い出させるように嗅がせ、もう一枚のドレスをアイゼンハイムのクッションの脇に置いてくれた。
「アイジー、夕べは活躍だったんでしょう?」
ローズマリーは失敗したことを聞いていないようで、ラフカディオの食事をセットしてから、茶碗を持ってアイゼンハイムに歩み寄ってきた。
「食事が終わったら、二人ともブラッシングしましょうね」
ローズマリーは言うと、カーテンと窓を開けてから一旦寝室から出ていった。
結局その日も、アイゼンハイムにとっては主であるアイリーンのいないつまらない一日だった。
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