お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 エクソシアを離れる前、皇帝より直々の呼び出しを受けたアンドレの手元には、カルヴァンも知らない秘密の書状が預けられていた。
 本来、運び役であるアンドレが内容を知る必要はないのだが、敢えて皇帝はアンドレに手紙の内容を明かした。
 カルヴァンがめでたくパレマキリアの王太子にアイリーン王女との婚姻を諦めさせたならば、エクソシア皇帝からの勅使として、速やかに手紙をデロスに届けるようにと命じられていた。しかも、その内容は『エクソシア帝国皇帝アレイストがデロスの庇護者となるに際し、両国の親睦の証として王女アイリーンがエクソシア皇家に嫁ぐことを求める』という内容だ。
 皇帝にとせず、皇家としたのには、一夫多妻のエクソシアに姫を嫁がせたくないという、頑なな姿勢を崩さないデロスを油断させるための文言に過ぎない。
 エクソシア皇家には大勢の皇子と皇族に名を連ねる男子である公爵が存在する。その中には、カルヴァンのような変わり種で、成人して尚、一人の妻もいない者も居なくはないと言うのも事実であり、デロスは今までのような一夫多妻のエクソシアに姫は嫁がせられないという姿勢を崩さずにはいられないというのが、皇帝の狙いであり、アイリーンがエクソシアに赴けば、皇帝は長年培ってきた女性を虜にする手練手管でアイリーンを手中に収める計画だというのは、皇帝の性格を知っているアンドレには、それが詭弁であることは分かり切っていた。しかし、そう書くことで、デロスがエクソシアの申し入れを断ることができなくなるようにするための手段だった。
 皇后の一人息子であり、皇太子であるカルヴァンが愛して止まない、この世でただ一人、妻にと望む相手であると知ってなお、デロスの緋色の真珠と称されたアイリーンを自分の妻にしたいと言う野望を皇帝が抱いていることをアンドレは百も承知だった。
 しかし、相手は皇帝。アンドレは正確には皇帝直属の部下であり、皇帝の命を受けて皇太子カルヴァンに仕えているに過ぎない。いくら幼い頃より慈しみ、鍛え、育て上げた自分の弟のようなカルヴァンといえども、主の命であれば謀らねばならないと言うのがアンドレの苦しい立場だった。
 そんな複雑な心境のアンドレの耳に微かなノックの音が届いた。

 溜め息をつきながら居間に戻ると、既にカルヴァンは寝室に下がっていた。それでもノックが続くので、仕方なく部屋の扉を開けると、ローブを纏った娘が一人、薄暗い廊下に立っていた。
「あ、あの、陛下に申しつかり、カルヴァン殿下のお世話に参りました」
 震える声で言う娘をアンドレが部屋の中へと導くと、娘は羽織っていたローブを脱いでスルリと床に落とした。
 細い絹糸で織り上げられた娘の衣服はほぼ透明に近く、蝋燭の灯りの下でも、その体の曲線がハッキリと見て取れた。
 豊かな二つの胸の膨らみだけでなく、自己主張するような二つの頂、白い背中に細くくびれたウェスト、細く白い手足、衣の背を張り詰める腰の丸み、申し分なく美しく魅力的な娘だった。夜分に娘が一人やってきた目的は只一つ、カルヴァンの世話と言うのは建て前で、正確には夜の相手、つまりカルヴァンにで抱かれるためにやってきたのだ。
「殿下のお世話だと?」
 アンドレはワザと低い威嚇するような声で尋ねた。
「はい。私は、エレニア伯爵が三女、コーネリアと申します」
 娘は名乗ると、大きく一歩前に踏み出し、揃えていた足を肩幅よりも大きく開いて立った。
 それは、秘部に何も忍ばせていないと明かすための動きだった。
 下着を身に付けていない娘が不自然なほど大きく前に一歩踏みだし、肩幅よりも大きく足を広げて立てば、秘部に何かを隠し持っていたとしても、落ちてしまうのは明らかだから、暗殺の意志や武器を持ち込むつもりの無いことを明かすには、よく用いられる簡易的な方法だった。
「どうか、殿下にお取り次ぎを・・・・・・」
 娘は羞恥のあまり体を震わせながら言った。
「期待はするな」
 アンドレは静かな声で言った。
「あの、私は、まだ殿方を存じません。どうか、お手柔らかに・・・・・・」
 期待するなと言ったのに、どういうつもりだと思いながらアンドレがカルヴァンの寝室の扉をノックしようとした瞬間、扉が開いてカルヴァンが顔を出した。
「アンドレ、誰と話をしている?」
 顔を出したカルヴァンは、裸同然の娘に顔をしかめると背を向けた。
「娘、戻って陛下に伝えるが良い。私は、その様なもてなしは望んでいないと。滞在中、この様に深夜の訪問者を二度と望まないと、そうはっきり伝えるが良い」
 カルヴァンの言葉に娘が縋るようにアンドレに視線を走らせた。
「不愉快だ! アンドレ、その娘を部屋からつまみ出せ!」
 カルヴァンは言うと、大きな音を立てて扉を閉めた。
「だから言っただろう、期待はするなと・・・・・・」
 アンドレが言うと、娘は緊張の糸が切れたのか、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
「先程のお言葉は、手荒にされるのを覚悟しろという意味で仰ったのではなかったのですか?」
 娘は震える声でアンドレに問いかけた。
「違う。殿下に相手にされるとは思うなという意味だが・・・・・・」
 アンドレは言いながら、娘が脱ぎ落としたローブを拾って肩にかけてやった。
 厚地のベルベットのローブをまとうと、娘の体がローブに隠されて見えなくなった。
「あの、私はどうしたらよろしいのでしょうか? 殿下のお世話をするようにと申しつかったのですが・・・・・・」
 娘は困惑したように言った。
「お前を寄越したのは、国王陛下か?」
 パレマキリアの意図を探りかね、アンドレは尋ねた。
「いえ、宰相閣下にございます」
 娘は震える声で答えた。
「ならば戻って、もう誰も寄越すなと殿下に言われたと報告すれば良かろう」
「ですが、もう皆様、お屋敷に下がられ、明日の朝に報告をするようにと・・・・・・。どなたも、私が殿下に追い返されるなどとは思っていらっしゃいません」
 いきなり王宮に呼びつけられ、年若い娘が裸同然の姿にさせられ、逢ったこともない隣国の皇子の夜の相手をして来いと送り込まれたのに、ろくに顔も見ることなく追い返される娘をアンドレは哀れだと思った。それに、この対応はパレマキリアとしては想定外も良いところに違いない。何しろエクソシアは一夫多妻、ここでお手つきになり、そのまま妻の一人に召される可能性もあると、勝手に予想してのことだろうが、今のカルヴァンにはそんな相手は必要ないし、迷惑以外の何者でもない事をアンドレは良く知っている。
 途方に暮れる娘を前に、アンドレは部屋に備え付けられた呼び鈴の紐を引いた。
 暫くして姿を見せたメイドに、事の次第を説明して娘を託すと、アンドレは扉に鍵をかけ、続きの自分の寝室ではなく、カルヴァンの寝室の前に椅子を持って行って座り、剣を何時でも抜けるように構えながら体を休めた。

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