お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 先に出兵した軍に追いついたカルヴァンは、十歳の頃に城を出て以来、初めて臣下の前に姿を現し、全軍の指揮を執ることになった。
 軍に追い付いたのがカルヴァン独りだったら、誰一人皇太子の姿を見たことがないのだから、本物とも偽者とも判断が付かないと言う対応を受けたかも知れなかったが、かつて皇帝の海軍で将軍を勤めた父を持ち、自らも皇帝の片腕と呼ばれたことのあるアンドレを連れていたので、軍はすんなりとカルヴァンを受け入れてくれた。
 しかし、考え方はそれぞれで、公には家出ではなく、春宮棟に引きこもっているとされていたカルヴァンなので、皆、色白のモヤシのような皇太子を想像していたのに、現れたのが良く陽焼けした恰幅の良い、筋肉もしっかりと付いた海の男にしか見えない皇太子だったので、影武者ではないかという憶測もあちこちで生んだが、アンドレと共に先陣を切ってパレマキリアへとなだれ込む予定の特殊工作師団を率いる師団長と作戦について言葉を交わす姿に、皆は一様に本物なのだとカルヴァンを受け入れていった。

「この戦い、我ら六ヶ国同盟に正義はある。しかし、バカな王を戴いているとは言え、民に罪はない。極力、田畑は踏み荒らさぬように。それから、敵対してくる民がいれば拘束するように。絶対に民の命を奪ってはならない。いずれは皇帝陛下の民となる者達だ、よいな? それから、もし可能であれば、村単位でエクソシアへの併合を承諾させるように。我々が用があるのはパレマキリアの王族だけだ。すぐに長いものに巻かれる貴族や、金にものを言わせて亡命することができる商人にも用はない。つまり、我らと皇帝陛下、並びに六ヶ国同盟の敵は、デロスに侵攻することを許した国王と、実際にデロスに侵攻した王太子、その命に従いデロスの民に刃を向けた者達だけとも言える。それ以外の者には罪はない。その事を心に留めて置くように」
 カルヴァンの命を受け、工作部隊が五月雨式にパレマキリアの森へと姿を消していった。


 翌朝、軍はパレマキリアとの国境線にある検問所の前に姿を現すと、馬の上からカルヴァンが口上を述べた。
「我こそはエクソシア帝国皇太子カルヴァン。六ヶ国同盟の申し入れに反し、聖地デロスに侵攻した件について貴国の国王陛下にお話がある故、警備の軍を伴い国境を越えさせて貰う。よいな?」
 正規軍は全て王宮警護と侵攻のためにデロス周辺に駆り出されていることもあり、国境の検問所は近くの村の衛士が兼任していたので、エクソシア帝国の皇太子が国王に会いに行くと言われて止められるような立場ではない。
 盗賊除けの丸太を外し、軍が通れるようになると、カルヴァンが前進のかけ声をかけ、歩兵を先頭にエクソシア軍が国境を越えた。
 皇太子の警護にしては大軍過ぎないかと衛士が疑問に思う頃には、検問所は前日のうちにパレマキリアに侵攻していた工作部隊によって鎮圧されていた。

 カルヴァン率いる軍はパレマキリアに入るなり、歩兵ではなく足の速い騎馬隊が前衛にまわり、猛スピードで王城近くへと進行した。
 その間、後から来る歩兵達は、村々の懐柔や輸送ルートや連絡拠点の設営などに力を注いだ。
 実際、可愛い王太子の願いに何でも承諾する親バカの王に呆れ切っていた民は、エクソシア帝国が提示する向こう三年間の年貢を徴収しないことや、国を入れての田畑の開発や水源からの用水路小路、更には、各村々への井戸の整備などの話を前に、ほぼ全てがエクソシアへの恭順を示していた。

 慣れない馬で走り続けること数日、ちょうど良く皇太子が警護の騎兵を伴った来訪に見える様になったカルヴァン達は、パレマキリアの王都キルリアに到着した。
 キルリアは流石に王都であり、経済もそれなりに活発では有るようだが、無駄な軍事費のために搾取され続けてきた民の瞳は暗く、物価の高騰も著しい王都の姿はカルヴァンの想像を遥かに超えるほど貧しく見えた。
 そこへ、煌びやかなエクソシアの一団が姿を現したので、民は一様にエクソシアの騎兵と、中でも一際煌びやかなカルヴァンの姿に視線を釘づけにされた。そとて、隣国エクソシアの豊かさを見せつけられた民は、羨ましさを隠しきれない様子だった。
 ゆっくりキルリアの街を見て回るわけにも行かず、諦めてカルヴァンは王城にて、国王への謁見を願い出た。
 流石に、突然の謁見の申し入れはまずいので、数日前に伝令を王城に送り、謁見を願い出る手配は済んでいたので、カルヴァンとその護衛の騎兵達はすんなりと王城へと通され、それぞれ上等な客室をあてがわれた。そして、カルヴァンとアンドレだけは王城内の最上級の来賓用客室だけでなく、侍女と執事、フットマン、ページボーイまで用意されたが、アンドレは丁寧にそれを断ると、カルヴァンに付き添い、カルヴァン用の客室にアンドレが一緒に滞在することにした。


「皇太子殿下におかれましては、長旅のお疲れを癒され、今宵の晩餐にご出席戴きたいとの陛下よりのお言葉でございます。尚、謁見は明日にとのことでございました」
 城の中は敵陣、文句を言った所で、あてがわれた侍女も執事も皆、伝言役に過ぎないことはカルヴァンにもわかっていた。
「陛下に、晩餐でお目にかかれるのを楽しみにしているとお伝え戴きたい」
 カルヴァンは言うと、満面のみ笑みのアンドレの方を見つめた。

 実は、出立の直前まで、礼装等不要だと言うカルヴァンに必ず必要になりますからとアンドレが無理やり用意した物だったが、さすがに一国の王との晩餐に正装がないので出席出来ませんなどとは言えない訳で、流石に父の片腕と言われただけあるアンドレだなとカルヴァンは心から感心した。

(・・・・・・・・アイリ、今頃はパレマキリアの沖を進んでいるのだろうか? 俺が必ず、この馬鹿げた婚姻を無効にするから待っていてくれ・・・・・・・・)

 カルヴァンは汗を流し、ふかふかのベッドに体を休めながら、愛しいアイリーンの事を想った。

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