お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 港まで戻ってきた一行は、それぞれの宿に分かれ、別行動をとることにした。
 本当は、アイリーンの顔を見たら即、エクソシアに取って返す予定だったカルヴァドスだったが、あの蒼褪め、翳りのあるアイリーンの姿に不安を拭えず、出航を翌朝にずらし、夜になってから再びアイリーンに別れを言いに訪ねることにした。


 さすがに、デロスの王太子と王女を匿っているだけあり、侯爵家の警備は以前のように手薄ではなかったが、なんとか忍び込むとカルヴァドスは前回と同じく、木の上からアイリーンの部屋の窓に小石をぶつけた。
 カルヴァドスが訪ねてくるとは思っていなかったアイリーンは、驚いて手振りで帰るようにと促したが、カルヴァドスが絶対に帰らないと意思表示するので、仕方なく窓を開けてくれた。
 枝を大きくしならせると見張りに気づかれるので、最小の弾みで窓に飛び移ったカルヴァドスは、声をかける間も惜しんでアイリーンを抱きしめ、口付けた。深まっていく口付けにアイリーンがいつものように応え、カルヴァドスの手が夜着にガウンという薄着のアイリーンの体に優しく触れた。そして、これが夢ではなく、本当に自分の腕の中にアイリーンが居るのだと思うと、カルヴァドスは天にも登ほど幸せだった。しかし、すぐにアイリーンは両手を伸ばし、カルヴァドスを拒んだ。
「アイリ、愛している。もう、あまり時間がないんだ。夜明けにはタリアレーナを発たなくてはならないから。だから、俺を愛していると、本当の気持ちを手紙ではなく言葉で聞かせて欲しい」
 カルヴァドスの言葉に、アイリーンは頭を横に振った。
「ごめんなさい、カルヴァドスさん。もう、それは出来ません。私はカルヴァドスさんではない殿方に嫁ぐ事が決まっているのです。その人に触れられた時、カルヴァドスさんの事を思い出して涙しないように、嫁ぐ相手がカルヴァドスさんではないことに涙しないように、もうこれ以上、私に触れないでください。もう、口付けもしないでください。もし、この願いを聞き届けてくださらないなら、私は警備の者を呼び、未婚の娘が夜な夜な殿方を寝室に引き入れていたという汚名を背負い、この場で舌を咬みきって自害します」
 国のために、死ぬことできない身ではあったが、そう言えばカルヴァドスならば諦めてくれるとアイリーンは信じていた。
「アイリ、ならばもう君には触れない。口付けもしない。でも一つだけ教えてほしい。アイリが本当に愛しているのが誰なのか・・・・・・。アイリの口から聞きたいんだ」
 珍しく退かないカルヴァドスに、アイリーンは口を閉ざしたまま答えなかった。
「頼む、アイリ。国に戻り、公爵としての地位を皇帝に許された自分ならば、どんなに不可能と思えるような婚姻からもアイリを救い出す事が出来る。だから、教えて欲しい。俺が一人自惚れているのではないと・・・・・・」
 カルヴァドスは懇願したが、アイリーンは口を閉ざしたままだった。
「ごめんなさい、カルヴァドスさん。もう私は、夢を見るのは止めたのです。私が愚かだったばかりに、民の命を危険にさらし、国を危険にさらしたのです。そんな私が、幸せになって良いはずがないのです。どうか、警備の者に見つからないよう、早くお帰りください。私は、カルヴァドスさんの幸せをお祈りしております」
 アイリーンは言うと、カルヴァドスに背を向けた。
「アイリ、アイリのいない人生なんて、俺にとっては幸せじゃない。必ず迎えに行くと約束する。愛してる、アイリ。絶対に忘れないでくれ、俺が愛しているのは、アイリ唯一人だと言うことを!」
 カルヴァドスは言うと、スッと窓から姿を消した。

☆☆☆