皇帝に帰国の挨拶をするため、髪を無理矢理黒に戻したカルヴァドスは、皇宮に向かうための八頭立ての馬車に乗り、アイリーンと過ごした時よりも堅苦しい正装に身を包み、キリキリと痛む胃を抱えて馬車に揺られていた。
 髪をオレンジから黒に戻し、正装をした姿は、確かに公爵に見えたが、なぜか自分ではないような気がしてたまらなかった。

 馬車から降りると、山びこのように『カーライル公爵ご到着にございます』という声が聞こえ、皇宮の奥へと響いていく。
 これから向かうのは、カルヴァドスにとって、人生における最大の敵陣とも言えた。
「坊ちゃま」
 ドクターに声をかけられ、アンドレに頷かれ、大きく息を吸うとカルヴァドスは皇宮の中へと進んでいった。


「カーライル公爵様、謁見の間へご案内させていただきます」
「よろしくたのむ」
 今はうろ覚えの皇宮内を進み、カルヴァドスは謁見の間へと通された。
「皇帝陛下のおなりにございます」
 しきたりに従い、公爵として皇帝の椅子の正面に跪礼するカルヴァドスの後ろで、ドクターとアンドレも跪礼した。
 それを見計らったかのように、豪華な装いの皇帝が玉座についた。
「面を上げよ、カーライル公爵」
 皇帝の言葉にカルヴァドスが顔を上げた。
「ここに、カーライル公爵の正式な帰国を認める」
「ありがとうございます、皇帝陛下」
 カルヴァドスは深々と頭を下げた。
「そなたの屋敷は、皇后がこまめに世話をしておった故、困ることはないだろう。後ろの二人は、先に屋敷へと戻り出征の支度を始めるが良い。ところで、カーライル公爵、此度の事、せっかくなので少し話しをしようではないか」
 予定では、このまま屋敷に戻り、さっさとアイリーンの元へと向かい、飛んで戻って出征する予定だったが、皇帝には逆らうことは出来ない。
「カーライル公爵、サロンへ参るぞ」
 皇帝が立ち上がり、扉へと進む。カルヴァドスは立ち上がるとドクターとアンドレを残して皇宮のさらに奥へと続く廊下を皇帝に続いて進んだ。