お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

「喜んで、いくらでもって好きなだけ聞かせてやるぞ。傷さえ治ればな・・・・・・」
 ウィリアムは言いながら、傷が開かないように固定されて痛む右腕を見つめながら言った。
「ところでお兄様、カトリーヌさんの事ですが、叔母様にはメイド見習いの件はお願いしてありますが、お兄様が認めるほどの腕前ならば、いっそ国立楽団に推薦されては如何ですか? この国はデロスと違って身分制度が厳しすぎます。お兄様が帰国されてしまったら、誰がカトリーヌさんを守るのですか?」
 アイリーンが言うと、ウィリアムは複雑な表情を浮かべた。
「実は、カトリーヌには、私の素性を明かしてはいないのだ。もし素性を明かし、彼女が王太子妃になれるかもしれないなどと考えたらと思うと、命の恩人度はいえ、さすがにそれだけは口にすることができなかった。そなたとフレドとの婚約が解消された今、そなたが純血のデロス貴族に嫁ぐ可能性もあるであろうが、やはり父上の後を継ぎ国王となる私の妻は、純血のデロス貴族でないと納得しない者達が多いことはそなたにもわかるだろう?」
 ウィリアムの言葉に、アイリーンは頷くほか無かった。国に帰り、アイリーンがパレマキリアのダリウス王子に嫁ぐことをウィリアムが知れれば、花嫁選びには全く選択肢が無くなることを知ることになる。アイリーンに選択肢がないように、実は、アイリーンの選択によってウィリアムの結婚相手にも選択の余地がなくなってしまったことをアイリーンは改めて気が付いた。
「男としては、その、何と言うか、責任をとるべきなのだろうが、こればかりは父上だけでなく、議会の許可も受けなくてはならないことで、王太子の結婚には私自身の自由がないことはそなたも理解しておろう? 一度、肌を合わせたから、その責任をとると言った簡単なことではすまされない。それに、私がデロスの純血の貴族から妻を選ばないとなれば、純潔派と非純血派の微妙なバランスで成り立っている政の場は戦場になってしまうだろう。王太子である私の結婚には、一切私本人の意思は関係ない。それに、身勝手な言い方であることは認めるが、あれは仕方なく温めあった、その流れであって、最初からそれが目的だったわけではないし、合意の上ではあったが、互いに愛し愛されて愛し合ったわけではない・・・・・・」
 言ってしまってから、ウィリアムは成人したばかりの妹に話す話ではなかったと、慌てて言葉を飲み込んだ。

(・・・・・・・・それでも、お兄様は男だから、カトリーヌさんと関係をもっても、仕方ないことと許される。でも私は、口付け、それに抱き締めて貰う事しかゆるされない・・・・・・・・)

 俯いたアイリーンに、ウィリアムはデリケートな年頃の、ましてや婚約者の不貞で婚約を解消したばかりの妹にするべき話ではなかったと、慌ててアイリーンの方に手を伸ばした。