ウィリアムの部屋から出ると、部屋の前の廊下にコパルが直立不動でアイリーンのことを待っていた。
「ローズ様、お休みの前に何か御用はございませんか?」
「まあ! 休むように言ったのに、そのために、ここでずっと立って待っていてくれたの? ありがとうコパル。せっかくだから、温かいココアを一杯もらえるかしら?」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
コパルは言うと、廊下の奥、使用人しか使わない階段や廊下のある扉の向こうに消えていった。
自分の部屋に入ったアイリーンは、ベッドに腰掛けると大きなため息をついた。
「お兄様には、知られてしまったわ・・・・・・」
あのフェイントのようなウィリアムからの口付け。カルヴァドスと深く愛し合いながら肌を重ねることもできず、ただ抱きしめあい、口付けを交わすことしかできなかったアイリーンの苦しい恋をウィリアムは兄としては理解し、許してくれるだろうが、きっと、王太子としては許してくれないだろうと、アイリーンは思った。婚約を解消したとはいえ、婚約者でもない相手と王女であるアイリーンは身分を偽り、本当の名前すら知らないカルヴァドスと何度も何度も、数えきれないくらい口付けを交わした。
きっとウィリアムは、アイリーンが王女としての自覚を失い、愛情に流され、もう少しで一線を越えてしまう、そんな状態にあったことを察知したに違いないと、そう思うとアイリーンの気持ちは沈むばかりだった。
(・・・・・・・・お兄様は、きっと私を軽蔑していらっしゃるわ。王女としてふさわしくない行いをしたと。きっと、もう昔のように優しくは接してくださらないはず。私は王女失格なのだから。それならいっそ、王女という枷を外して欲しい。デロスの王女は流行り病で亡くなったとでも言って欲しい。そして、ただの一人の女性になってカルヴァドスさんのもとに・・・・・・。でも駄目ね。彼は公爵。王女でなくなればカルヴァドスさんと身分が合わなくなってしまう。それに、私はダリウス殿下に嫁ぐ身、私が嫁がなければ、デロスが屍の山にされてしまう。私の王女失格の罪は、ダリウス殿下に嫁ぐことで清算されるのね・・・・・・・・)
考えていると、ノックの音がしてコパルがココアを持って入ってきた。
「ローズ様、ココアでございます」
「ありがとう、コパル。本当に、もう休んでいいわ。また、明日もお願いね」
アイリーンが言うと、コパルは最敬礼して部屋から出て行った。
(・・・・・・・・覆水盆に返らずね・・・・・・。壊れてしまったものは、もう元に戻すことはできない。せめて時間さえあれば・・・・・・。お兄様なら、きっと私の気持ちを分かってくださるはず。そうすれば元の関係に戻ることも可能かもしれないけれど。でも、もう私には時間がない。国に帰れば、二ヶ月後には婚姻。きっと、国にいられるのは三月くらい。すぐに用意をしてパレマキリアへ行くことになるはず・・・・・・・・)
温かいココアの入ったカップを手に、アイリーンはこぼれる涙を止めることができなかった。
ココアが冷たくなるまで、アイリーンは仲の良かったころのウィリアムとアルフレッド、ローズマリーと四人で過ごした楽しい時間のことを思い出した。
(・・・・・・・・フレドの恋人がローズだと分かれば、お兄様とフレドの関係も壊れてしまうかもしれない。お兄様は、お父様が望まれたとおり、私を国内の貴族に降嫁させるという王室の意思を示す意味も込めて、私の婚約者にフレドを推薦し、お父様もフレドならばと婚約を許したのに・・・・・・・・)
アイリーンは大きなため息をつくと、冷えたココアを一気に飲み干し、着替えてベッドに入った。
夜の冷え込みで寒さが強くなった部屋のシルクのシーツは冷たく、アイリーンは人恋しく感じる自分をふしだらだと心の中で罵った。
しかし、よく考えればアイリーンにも分かった筈なのだ。デロスは一年を通して温かい国で、よほどの異常気象でもない限り、寝室で寒さを感じるようなことはなかったし、そういう非常事態の時は、大抵、アイリーンのそばにはアイゼンハイムかラフカディオが寄り添い、アイリーンを温めてくれた。たがら、アイリーンがぬくもりを恋しく感じるのは、カルヴァドスのせいだけではなかったのだが、心の冷え切ったアイリーンには、そこまで考えが至らなかった。
布団の中はなかなか温まらず、こぼれる涙で枕を濡らしながら、アイリーンは朝方まで震える体を抱きしめ、声を殺して泣き続けた。
「ローズ様、お休みの前に何か御用はございませんか?」
「まあ! 休むように言ったのに、そのために、ここでずっと立って待っていてくれたの? ありがとうコパル。せっかくだから、温かいココアを一杯もらえるかしら?」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
コパルは言うと、廊下の奥、使用人しか使わない階段や廊下のある扉の向こうに消えていった。
自分の部屋に入ったアイリーンは、ベッドに腰掛けると大きなため息をついた。
「お兄様には、知られてしまったわ・・・・・・」
あのフェイントのようなウィリアムからの口付け。カルヴァドスと深く愛し合いながら肌を重ねることもできず、ただ抱きしめあい、口付けを交わすことしかできなかったアイリーンの苦しい恋をウィリアムは兄としては理解し、許してくれるだろうが、きっと、王太子としては許してくれないだろうと、アイリーンは思った。婚約を解消したとはいえ、婚約者でもない相手と王女であるアイリーンは身分を偽り、本当の名前すら知らないカルヴァドスと何度も何度も、数えきれないくらい口付けを交わした。
きっとウィリアムは、アイリーンが王女としての自覚を失い、愛情に流され、もう少しで一線を越えてしまう、そんな状態にあったことを察知したに違いないと、そう思うとアイリーンの気持ちは沈むばかりだった。
(・・・・・・・・お兄様は、きっと私を軽蔑していらっしゃるわ。王女としてふさわしくない行いをしたと。きっと、もう昔のように優しくは接してくださらないはず。私は王女失格なのだから。それならいっそ、王女という枷を外して欲しい。デロスの王女は流行り病で亡くなったとでも言って欲しい。そして、ただの一人の女性になってカルヴァドスさんのもとに・・・・・・。でも駄目ね。彼は公爵。王女でなくなればカルヴァドスさんと身分が合わなくなってしまう。それに、私はダリウス殿下に嫁ぐ身、私が嫁がなければ、デロスが屍の山にされてしまう。私の王女失格の罪は、ダリウス殿下に嫁ぐことで清算されるのね・・・・・・・・)
考えていると、ノックの音がしてコパルがココアを持って入ってきた。
「ローズ様、ココアでございます」
「ありがとう、コパル。本当に、もう休んでいいわ。また、明日もお願いね」
アイリーンが言うと、コパルは最敬礼して部屋から出て行った。
(・・・・・・・・覆水盆に返らずね・・・・・・。壊れてしまったものは、もう元に戻すことはできない。せめて時間さえあれば・・・・・・。お兄様なら、きっと私の気持ちを分かってくださるはず。そうすれば元の関係に戻ることも可能かもしれないけれど。でも、もう私には時間がない。国に帰れば、二ヶ月後には婚姻。きっと、国にいられるのは三月くらい。すぐに用意をしてパレマキリアへ行くことになるはず・・・・・・・・)
温かいココアの入ったカップを手に、アイリーンはこぼれる涙を止めることができなかった。
ココアが冷たくなるまで、アイリーンは仲の良かったころのウィリアムとアルフレッド、ローズマリーと四人で過ごした楽しい時間のことを思い出した。
(・・・・・・・・フレドの恋人がローズだと分かれば、お兄様とフレドの関係も壊れてしまうかもしれない。お兄様は、お父様が望まれたとおり、私を国内の貴族に降嫁させるという王室の意思を示す意味も込めて、私の婚約者にフレドを推薦し、お父様もフレドならばと婚約を許したのに・・・・・・・・)
アイリーンは大きなため息をつくと、冷えたココアを一気に飲み干し、着替えてベッドに入った。
夜の冷え込みで寒さが強くなった部屋のシルクのシーツは冷たく、アイリーンは人恋しく感じる自分をふしだらだと心の中で罵った。
しかし、よく考えればアイリーンにも分かった筈なのだ。デロスは一年を通して温かい国で、よほどの異常気象でもない限り、寝室で寒さを感じるようなことはなかったし、そういう非常事態の時は、大抵、アイリーンのそばにはアイゼンハイムかラフカディオが寄り添い、アイリーンを温めてくれた。たがら、アイリーンがぬくもりを恋しく感じるのは、カルヴァドスのせいだけではなかったのだが、心の冷え切ったアイリーンには、そこまで考えが至らなかった。
布団の中はなかなか温まらず、こぼれる涙で枕を濡らしながら、アイリーンは朝方まで震える体を抱きしめ、声を殺して泣き続けた。



