お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 肌を重ねてしまったとはいえ、正直ウィリアムにはカトリーヌを妻にするつもりはなかった。
 それは、デロスという小さく立場の難しい国の王太子である以上、国のためになる結婚を選ばなくては、父の願いで降嫁させる事になっている妹のアイリーンにしわ寄せがいってしまうからだった。
 万が一にも、ここで情に負け、初めての男としての責任をとってカトリーヌを妻にする事を選べば、アイリーンの降嫁は無効となり、列強六ヶ国同盟のどこかへ嫁ぐことになることは間違いない。
 常に議会で候補に挙がっているのは、どこも遠い国ばかりだ。北のボレイオス帝国、南のノティアソーラ王国、地の果てとも言えるコラピソ帝国。どこも一度嫁げば、二度と帰国することはかなわないだろう。南のノティアソーラに至っては、遙か海を越えた違う大陸だ。
 年頃になり、ますます母の若い頃に瓜二つになってきたアイリーンを溺愛する父が他国に嫁がせられる筈がない。
 一番近い候補のエクソシア帝国は一夫多妻。皇帝には王太子時代から連れ添っている皇后がいる上、後宮には百人以上もの妻がいると言われているし、つい昨年、一番下の皇子が産まれたと言う話を聞いたことがある。そんな国に嫁がせるなど、父王の判断を仰ぐまでもなくウィリアム自身が反対だ。
 それには、カトリーヌには申し訳ないが、若気の至りと二人の関係は諦めて貰い、汚いやり方ではあるが、お金なり、何なりで解決を付けるしかないだろう。
 事情を説明すれば、仮にも王太子のお手つきと言うことであれば、叔母が侯爵に掛け合い、養女として侯爵家に迎え入れ、それ相当の結婚相手を見つけてくれるかもしれない。
 思わず、ウィリアムの口からため息が漏れた。

(・・・・・・・・あのハンカチで、カトリーヌと自分の関係を考えたコパルは明日も間違いなくやってくるだろう。なんとか、叔母上に事情を説明し、迎えをよこして貰い、一時的にカトリーヌを侍女として侯爵家へ連れて行くことが出来ればいいのだが・・・・・・・・)

「どうしたのジョージ? ため息なんてあなたらしくないわよ」
 働き者のカトリーヌは、ベッドでウィリアムが考え事をしながら食事をしている間に夕飯の支度を始めていた。
「カトリーヌ、手紙の代筆を頼めないだろうか?」
 ウィリアムが声をかけると、カトリーヌは剥き終わったジャガイモを桶の水に漬けて手を拭いた。
「いよいよ、叔母様にお手紙を書くのね?」
 今までは、手紙を運んでくれる信頼の置ける人間がいない上、あのパレマキリアの軍人が彷徨いているのでカトリーヌを使いにやることもできなかったが、コパルが来るならば手紙を預けることが出来ると考えたからだった。
「文面は飾らなくていい。ただ、怪我をしてここにいるので迎えがほしいと。パレマキリアの軍人に狙われていることを書いてくれればいい。署名は僕がするから」
 ウィリアムに言われ、カトリーヌは安物の便箋に楽譜用の黒いインクでシュナイダー侯爵婦人宛の手紙を書いた。
「これでいいかしら?」
 見せて貰った手紙を確認し、ウィリアムはカトリーヌがみていないのを確認してから、ジョージではなく、ウィリアム・エドワード・アントニー・ルイス・オブ・デロスと、自分のフルネームを書いた。
「これを明日、そのページボーイの少年に銀貨一枚で使いを頼んでくれるかい?」
 今の二人にとって、銀貨一枚は大金だ。しかし、それで迎えがすぐに来るなら、安いものでもある。
「わかったわ、ジョージ。明日、あのページボーイの男の子に頼むわ」
 カトリーヌは笑顔でいいながら、再び台所に戻った。
 台所といっても、狭い一室にベッドと台所があるだけの部屋だ。トイレは共有で、当然風呂などない。
「ねえ、ジョージ。ジョージの妹さんは金髪じゃなくストロベリーブロンドって言ってたわよね?」
 これは、ピロートークの際に、うっかりウィリアムが口を滑らせた事だった。
「ああ、そうだよ。何で急に妹のことを?」
「あ、ううん。一度もストロベリーブロンドって見たことがないから、一度見てみたいなって思ったの。でも、ジョージの国は遠いエイゼンシュタインでしょ。だから、私には見ることはできないなって、残念に思ったの。だって、お手紙が届いたら、すぐにお迎えがきて、ジョージはお屋敷に戻ってしまうでしょう。そうしたら私は、また独りぼっちだなって・・・・・・」
「カトリーヌ、君が嫌でなければ、侯爵邸に一緒に行って、今まで通り看病を頼めないだろうか?」
 ウィリアムの言葉にカトリーヌの目が驚きで見開かれた。
「でも、私は平民だし・・・・・・」
「侍女として、パン屋ではなく、侯爵邸に勤めて貰うことはできないか?」
「私が侯爵邸に? 本当に、そんな事ができるの?」
「叔母上には、私がちゃんと説明する。だから、良いかい?」
 カトリーヌの顔が綻んだ。
「わたし、もう、ジョージとはお別れだと思ってた・・・・・・」
「一緒に侯爵邸にいこう」
 ウィリアムは笑顔で答えた。

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