お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 夕方から出かけることはキャスリーンの許可が下りなかったので、アイリーンは兄の部屋に置き去りのヴァイオリンを取り出して調弦しながら爪弾いた。
 小柄なアイリーンでは、どうしても弦を押さえる指が届かず力が入らなくて音がずれてしまうことがあるので、何度もウィリアムにピアノで鍛え直すように言われたが、ピアノも手が小さいアイリーンにはそれなりにハードルが高かった。手が届かないものはどうしようもなく、アイリーンはヴァイオリンを諦め、ピアノは指が届く範囲の曲に留め、母が好きだったハープを始めたが、姫巫女としての修行が忙しくなった頃からパッタリと演奏することはなくなった。
 それに、小さかったアイリーンには、ハープも大きくて手が届かず悔しい思いを何度もしたが、それよりも、教えてくれる母が亡くなり、それがハープを弾かなくなった最大の原因なのだと、今更ながらにアイリーンは思った。
 調弦の終わったヴァイオリンを構え、弓を当てて音を出してみる。
 良く響く澄んだ音がまるで天まで届くような、そんな感覚がアイリーンは大好きだった。しかし、幼くして練習をやめたアイリーンに出来るのは、音を整え、試しに音を出してみることだけだった。
「悲しい音色ですね」
 いつの間にか、そばに控えていたコパルが呟くように言った。
「そうね。お兄様に、まだお目にかかれなくて、不安で不安でたまらないの」
 それに、明日の早朝には、愛しいカルヴァドスは出航し、国に戻れば直ぐにパレマキリアへ出征するという。
「ジョージ様が、ヴァイオリンは正直なので、悲しい時は悲しい音がして、嬉しいときは嬉しい音がするとおっしゃっていらっしゃいました」
 アイリーンは悲しみに押しつぶされそうな胸を抱え、その場に跪いて泣き出してしまいそうだった。
「お食事の支度が出来ております。お部屋にお戻りになられますか?」
 コパルはアイリーンの悲しみを理解した上で、問いかけているのだとアイリーンにもわかっていた。
「ええ、部屋に戻ります」
 アイリーンは答えると、丁寧にヴァイオリンをしまって自分の部屋へと戻った。

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