お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 馬車を降りたコパルは、ふと道の反対側を歩く男に目を留めた。
「ローズ様、今からローズ様は私の姉と言うことでお願いいたします」
 突然の事に、アイリーンが目をしばたいた。
「私が走って参りますので、止めに来てくださいませ」
 コパルは言うなり、一気に道路を斜めに渡って男の後ろ側から追い越すように走り抜けるかに見せてわざと男にぶつかった。
「この!」
 男は乱暴にコパルのシャツの首根っこを掴むとコパルの体を持ち上げた。
「も、申し訳ございません旦那様・・・・・・」
 コパルは慌てて謝った。
 遅れ馳せながら、追いついたアイリーンも、男に頭を下げてコパルを放してくれるように頼んだ。
「弟は、まだほんの子供です。どうか、ご無礼をお許しくださいませ」
 アイリーンが言うと、男はアイリーンの方を振り向いてその美しい顔立ちをじっと見つめた。
「この、汚い奴隷風情が、お前の弟だと?」
 男は信じられぬと言った様子でコパルとアイリーンを見比べた。
「はい。血は繋がってはおりませんが、幼い頃から姉弟のように育ったものでございます」
 アイリーンは必死に頭を下げて男の怒りを鎮めようとした。
「薄汚い孤児か。二度とその汚いなりで私にぶつかるんじゃないぞ! 次にぶつかったら、奴隷商に売り渡してやるからな」
 男は言うと、コパルを投げ捨てるように地面に落とし、何事もなかったかのように歩き去った。
 慌ててアイリーンがコパルに駆け寄ると、コパルは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「コパル?」
 何が起こっているのか分からないアイリーンの手を引き、コパルは近くの路地へと身を隠した。
「コパル、大丈夫? 怪我はしていない?」
「ローズお嬢様、あれくらいのことで怪我をしていたら、この国で働いては居られませんよ」
 コパルは笑って言ったが、アイリーンは幼いコパルがどれほど酷い暮らしをし、どれほど虐待されてきたのかを思うと心が痛んだ。
「ローズお嬢様、お屋敷の周りを彷徨いていたのは、あの男です」
 突然のことに、アイリーンは目をぱちくりとさせた。
「声が聞きたかったんです。護衛に呼び止められたときに、観光だと言い訳した男の声にはとても特徴があったので。間違いありません。あの男の声でした」
 確かに、男の話していた言葉にはパレマキリアの訛が強く、この国の民でないことは一目瞭然だった。
「それから、あの男のブーツに新しい刀傷がありました」
「え?」
 アイリーンは思わず声を上げた。
「お屋敷をうろうろしていた時は確認できませんでしたが、かなり新しい物に見えました。もしかしたら、ジョージ様がおつけになったものかも知れません。あの男、昨日もこの辺りをうろついていましたから、ジョージ様を捜しているのは間違いないでしょう」
 コパルは言うと、男の歩いていった方向を伺った。
「あちらは、昨日、私が訪ねたジョージ様がお部屋を取っている宿がある方向です。こうして、日に何度も言ったり来たりして、様子を窺って居るのでしょう。ローズお嬢様は、あまり目を付けられない方がよいと思います。私の姉だなどと、ご迷惑をお掛けいたしました」
 コパルは言うと、礼儀正しく頭を下げた。

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