お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

「カトリーヌ、お金は足りて居るかい? 私が銀行まで行くことが出来れば、すぐにお金を用意できるのだが・・・・・・」
 ベッドに横たわる、蒼白い顔をした青年の側に歩み寄ると、カトリーヌは笑顔を浮かべて見せた。
「大丈夫よ、ジョージ。パン屋の仕事のお給金が貰えたから買い物に行ってくるわ。だから、ジョージはおとなしく休んでいて。絶対に、一人で勝手に動いてはだめよ」
 カトリーヌに言われ、ウィリアムは少し考えてから、カトリーヌに上着を持って来てくれるように頼んだ。
 上着は刺客との戦いで血塗れのあげく、あちこちに切れ目が入っていてとても着られるようなものでは無かった。しかし、胸のポケットに入れてあったアイリーン手作りのお守りは無事だった。
「カトリーヌ、心配だから、これを身につけていってくれ」

 このお守りの存在を知っているのは、作ったアイリーン、それにローズとアルフレッド位だが、これほど長く自分が侯爵邸に戻らなければ、そろそろアイリーンから相談を受けたアルフレッドが探しに来てもおかしくないだろうとウィリアムは思っていた。
 何しろ、ウィリアムとアルフレッドは幼馴染の大親友でもある。

 ウィリアムが手渡したお守りは、上質なシルクの大きめのハンカチにイエロス・トポスの古語で持ち主の安全を祈願する言葉を金糸で刺繍したもので、普通の人には不思議な模様に見えても文字を読めるとなると、上位の神官か巫女、もしくは、イエロス・トポスの神殿に仕える者くらいなので、パレマキリアの刺客風情にその文字が読めるとは思えなかった。
「わかったわ、ジョージ。目に見えるところにつけておくわね。そうしたら、あなたを捜しに来ているお屋敷の人に見つけてもらえるかもしれないものね」
 カトリーヌは笑顔を見せると、朝早くからのパン屋での肉体労働の疲れも見せず、大きな買い物かごを持って部屋を出ていった。

(・・・・・・・・叔母上の配下の者は、あの宿を見つけられただろうか? 見つけられていれば、私が行方不明になったのは三ヶ月前と分かるはずだが、さすがに、あの女将は口が堅そうだから、情報をもらしはしないか・・・・・・・・)

 ウィリアムは考えながら、痛む体を少し動かした。

(・・・・・・・・ああ、王太子妃になる女性の人選が難しくなったな。気の小さい女性では、この傷跡を見たら、初夜どころではなくなってしまう。せっかく母上に綺麗な体に産んで戴いたのに、切り傷だらけとは、情けないものだ。ああ、アイリーンがこれを見たら、気絶してしまうかもしれないな。あれは心の優しい温室育ちの薔薇のような姫だから・・・・・・・・)

 ウィリアムは懐かしい母国、愛する妹のことを考えながら、窓の向こうに広がる建築材を積み上げて建てているのか、それとも壊しているのかも分からないような、スラム街の上に広がる空を見つめた。

(・・・・・・・・いくらカトリーヌを守っていたからとは言え、これほどの怪我をするとは、私の腕も鈍ったものだ。国に戻ったら、アルフレッドと一から剣術の稽古のやり直しだな・・・・・・・・)

 考えたウィリアムはため息をついた。
 カトリーヌからの手紙を読み、手元に用意できるだけの現金を債権者だと名乗る連中に渡し、危うく娼館に売られそうなカトリーヌを買い戻す事に成功した迄は良かったが、家も住む部屋もなくしたカトリーヌと暫く風紀の悪い連れ込み宿に宿泊し、手持ちの僅かばかりのお金で何とか借りることができたこの廃墟のようなアパートにカトリーヌを住まわせた。
 手を着けるつもりの無かった銀行に預けてあったお金でカトリーヌの父親の形見であるビオラをやっと買い戻し、レストランで働いていたカトリーヌと仕事上がりに待ち合わせした所をパレマキリアの軍人数人に囲まれ、大怪我を負うことになったのは、まったくの誤算だった。
 大勢の敵に対して、カトリーヌにビオラ、独りでは護るものが多すぎたことは言うまでもない。なんとか刺客を全員始末はしたが、深手を負って宿まで独りで帰ることの出来ないウィリアムをカトリーヌはそのまま部屋へと導いた。

(・・・・・・・・カトリーヌの部屋に厄介になることになるとは。私も、詰めがまだまだ甘いな。これでは、とても一国の政を司ることなど程遠い。帰国したら、父上に教えを請わなくては・・・・・・。それにしても、アイリーンはどうしているだろうか? きっと、叔母上からの手紙で私の所在が知れないことを知り、父上に内緒で捜索を画策していることだろう。もともと、アイリーンの助けがなければ、王太子の私が三年もタリアレーナに留学するなど許されるはずがなかった。アイリーン、三年前はまだ子供だったが、アルフレッドとうまく行っているだろか? まだ、恋のわかる歳ではなかったが、アルフレッドもまんざらではなかったし、三年もあれば、そろそろ恋仲になっただろうか?・・・・・・・・)

 アイリーンが同じタリアレーナの地にいるからか、ウィリアムは目覚めると知らず知らずアイリーンの事ばかりを考えていた。

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