お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 一階に下りていくと、コパルが階段の下で待っていた。
 到着した日は、なし崩しに表から入ってしまったが、使用人に限り無く近い立場のアイリーンは本来ならば表玄関から出入りするわけにはいかない。当然のことなので、コパルに手招きされアイリーンが裏口へと回ろうとしたところを叔母のキャスリーンに呼び止められた。
「はい、奥様」
 慌てて『叔母様』と言いそうになりながら答えると、キャスリーンが難しい顔をしていた。
「ローズ、あなたには、表玄関を使うことを許します」
 キャスリーンは家令や執事達に聞こえる大きな声で言うと、更に続けた。
「ローズに付き添っている時は、コパルも表玄関を使うことを特別に許します」
 普通、使用人は表玄関を使うことは出来ないので、屋敷の奥では『デロスからいらした博愛主義の奥様がまた奴隷の子供を特別扱いしている』と陰口を言うものもあったが、お忍びとはいえ、一国の王女を使用人達と一緒に裏口から出入りさせることはさすがに出来なかったし、ましてやコパルにはジョージの婚約者と説明した手前、なぜローズは裏口を使うのかなどと問われたら答えに窮するのはキャスリーン自身だった。それに、コパルに表玄関を使わせなければ、アイリーンに表玄関を使うことを許したとしても、あまり身分制度にとらわれないアイリーンがコパルに付いて裏口を使うのは、キャスリーンには目に見えるようだったから、仕方ない処置ではあったが、誰一人、キャスリーンのこの苦悩を理解する者はいなかった。

王女でありながら、アイリーンに身分制度に拘りがないのは、ある意味当然の事だった。デロスの場合、王宮にも沢山の平民が働いている。パレマキリアやエクソシア、タリアレーナの様に宮殿で働く殆どが貴族、目に付かない下働きだけが平民という構成ではないからだ。小さな島国であるデロスの場合、どうしても王城や王宮というのは名ばかりで、実際のところは規模の大きな上級貴族の屋敷に近くなっていまう。そして、神殿で暮らすことの多かったアイリーンの場合、神殿勤めの巫女の殆どは平民なので、王女であっても身分に関する拘りが基本ゼロなのだ。それは、巫女であるだけでなく、広く民を愛する父王の意志を継いでいるとも言えた。