お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 国を遠く離れたタリアレーナの地にあっても、兄のウィリアムは貴族としての義務である『ノーブル・オブリージュ』つまり『持てる者の義務』を果たすため、苦境に立たされた学友を助けるためにお金を工面し、パレマキリアの刺客に命を狙われながらも、きっと手紙にあったカトリーヌという女性を助けるために奔走して居たに違いない。それを考えると、アイリーンは涙が滲むのを抑えられなかった。

(・・・・・・・・私には王位を継ぐ資格もないし、王女と名乗る資格もないわ。ましてや姫巫女だなんて。神に仕える身でありながら、殿方と愛し合いたいと思うなんて。・・・・・・ああ、冷静にならなくては。とにかく、パレマキリアの刺客がこの街に居るのだとしたら、早くお兄さまを捜さなくては・・・・・・。お兄様がご無事であれば良いのだけれど。侯爵亭にも連絡を入れていないということは、もしかして、どこかお怪我をされているのかもしれない。ああ、それなのに私は恋にうつつを抜かしていたなんて。こんな身勝手な私には、ダリウス殿下に嫁ぐのが相応しい罰だわ。命ある限り、民と国を裏切るようなことを考えた罪の償いとして、ダリウス殿下に尽くしながら、罪を償い続けなくては・・・・・・・・)

 必死に涙を堪えながら手紙を元あった場所にしまうと、アイリーンは抽斗を閉じた。
「コパル、鍵をかけてちょうだい」
 平静を装ってコパルに声をかけるも、声はどうしても涙声になってしまった。
 堪えきれなかった涙が、鍵を閉めているコパルの視界の端に小さな水滴となって落ちた。
「ローズお嬢様? どうなさったのですか?」
 抽斗に鍵をかけたコパルは、驚いたようにアイリーンに問いかけた。
「何でもないの。お兄様は、どんな時でもご自分の立場と身分を忘れることなく、立派に生きていらっしゃるのに、私は未熟者だと思うと涙が出てきてしまったの」
 アイリーンの言葉に、コパルはアイリーンに出会ってからずっと抱えていた疑問を真っ直ぐにアイリーンにぶつけてきた。
「ローズお嬢様は、本当はジョージ様の婚約者ではないのでしょう?」
「えっ? ど、どうして?」
 突然のことにアイリーンは驚いてコパルを見つめた。
「ローズお嬢様は、ジョージ様に似すぎています。婚約者ではなく、妹君なのではありませんか?」
 『どうして?』と、問い返しそうになりながら、アイリーンは慌てて言葉を飲み込んだ。
「以前、一度だけジョージ様が、国に妹が居ると仰ったんです。髪の毛の色がピンクシャンパンのように綺麗なんだと口を滑らせ、奥様にお叱りを受けたので、なぜ奥様がお叱りになられたのだろうと、ずっと気になっていたのです。どうしても、私には妹君の事を秘密にしなくてはならない理由が考えられなかったので。そして、ローズ様の髪はピンクシャンパンの様ですし、ローズ様はジョージ様のことを『お兄様』と、お呼びになります。もし、私が知ってはならないことを知ってしまったのであれば、どうぞ、口封じに私の命をお召しください」
 コパルは言うと、その場に直った。

 こうやって秘密というものは漏れるものなのだとアイリーンは思った。コパルは間違っていない。そして、キャスリーンがウィリアムを叱った最大の理由は、アイリーンの髪の毛の色、ストロベリーブロンドの髪の娘は、一族にただ一人だけ。デロスの王女であるアイリーンだけだからだ。
 重大な秘密が漏れたというのに、アイリーンの心は穏やかで、コパルを罰する気になど全くならなかった。
 生まれてこの方離れ離れになったことのなかった兄と離れ離れになり、寂しかったのは自分だけではなく、兄のウィリアムも自分のことを想ってくれていたのだと思うと、アイリーンはとても嬉しかった。

「コパル、あなたが知っていることを誰にも話さなければ良いのよ。侯爵夫人にもね。でも、本当にコパルは頭がよいのね。小さいのに、何でもお見通しだわ」
 アイリーンは白旗を揚げた。
「実は、ローズ様がいらした後、屋敷の周りを彷徨く者を見ました」
 コパルの言葉に、アイリーンは昨晩忍んでやってきたカルヴァドスのことを思い出した。
「ジョージ様が行方不明になる前にも、軍人のような男がお屋敷の周りをうろついていたことがありました」
 コパルの言葉に、アイリーンは手紙にあったパレマキリアの軍人という言葉を思い出した。

(・・・・・・・・まさか、この屋敷をパレマキリアが見張っているというの? だとしたら、大変なことになる・・・・・・・・)

 アイリーンの顔からすっと血の気がひいた。
「ローズお嬢様?」
 コパルが不安げにアイリーンを見上げた。
「コパル、一旦、私の部屋に帰りましょう」
 アイリーンは言うと、コパルを連れて自分の部屋へと戻った。

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