お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 同じ階にあるウィリアムの部屋は綺麗に掃除され、一部の乱れもなく、全てが整っていた。 それは、国のウィリアムの自室と同じで、几帳面なウィリアムの性格を物語っていた。
 直射日光の当たらない、暖炉からも離れた場所にあるタンスのひきだしをあけると、思った通りウィリアムが大切にしているヴァイオリンがケースごとしまわれていた。
「よく、お分かりになられましたね?」
 コパルは魔法でも見たかのように驚いた様子で言った。
「簡単よ。直射日光が当たる場所は寒暖差が激しいし、暖炉の近くもそう。それに、暖炉の近くは湿気の量が急激に変わるからヴァイオリンには良くないの」
 アイリーンはいうと、ケースを取り出し、デスクの上に置いた。
 ケースを開け、ベルベットで保護されたヴァイオリンを手にとって弦を爪弾いた。
 長い間、調律されていないせいで音は多少狂っているが、弦を必要以上に緩めた形跡はなかった。
 弓は適度に緩められていて、長期間留守にしたり、旅をする前のような準備は何もされていなかった。

(・・・・・・・・つまり、お兄様は予定外に、帰ってくることが出来なくなったということね・・・・・・・・)

 アイリーンは丁寧にヴァイオリンをしまうと、ケースをひきだしに戻した。
 妹とはいえ、王太子である兄のプライバシーを侵害することには気が引けたが、アイリーンは机の引き出しをあけてみることにした。
 一番上の抽斗だけ鍵がかかっていたが、他の抽斗には鍵はなく、アイリーンは中をざっと確認したが、しまわれているのは音楽院の講義のノートや発表会の為の楽譜、予備の松ヤニ、バイオリンの弦など、失踪とは関係なさそうなものばかりだった。

(・・・・・・・・流石に、私との手紙は鍵のかかるところにしまっているはず。だとしたら、ここの鍵が開かない限り、お兄様の本当の秘密には近付けないってことね・・・・・・・・)

 鍵のかかった抽斗の前でアイリーンは途方に暮れたようにため息をついた。
「あの、ローズ様」
 コパルがおずおずと声をかけてきた。
「どうしたのコパル?」
 アイリーンは振り向いて問いかけた。
「その抽斗の鍵をお探しなのですよね?」
 コパルは俯きながら、呟くように言った。
「ええ。でも、鍵はきっとお兄様がお持ちだわ」
 うっかり、また『お兄様』といってしまったアイリーンは、心の中で自分を叱咤した。
「実は、ジョージ様が行方不明になられる直前、大切なものだからと、その抽斗の鍵を自分にお預けになったのです。奥様にも、内緒にするようにと仰って」
 コパルの言葉にアイリーンは衝撃を受けた。
 秘密の詰まった抽斗の鍵をコパルに預けたという事は、ウィリアムは命の危険、もしくは、何者かが自分の秘密を探ろうとしていることに気付き、抽斗の鍵を持ち歩くのではなく、敢えてコパルに預けたということになる。
 もし、コパルが普通の侯爵家の使用人なら、ウィリアム付きということで、疑われて襲われたかもしれない。でも、この国の価値観から言えば、コパルは人以下。そんな使用人に秘密の詰まった抽斗の鍵を預ける人間はいないと考えるのが常識だ。だから、鍵もコパルも安全だとウィリアムは考えたのだと、アイリーンは理解した。
「侯爵夫人にも内緒にといわれていたのに、どうして私にそのことを話したの?」
 アイリーンは不思議に思ってコパルに問いかけた。
「ヴァイオリンです」
 コパルは俯いたまま答えた。
「ヴァイオリン?」
 アイリーンは要領を得ず、おうむ返しに問い返した。
「はい。ジョージ様が行方不明になられて、すぐに奥様がお部屋を改められたのです。でも、ヴァイオリンを探すのにすごく時間がかかって、ジョージ様はヴァイオリンを持って出かけられたのではと仰ったので、自分がヴァイオリンのある場所をお教えしました。でも、ローズお嬢様は、一番にヴァイオリンを見つけられました。それはジョージ様と、とても親しいと言うことだと自分は理解しました。だから、ローズお嬢様になら、自分が鍵を持っていることをお話ししてもジョージ様もお許し下さると思いました」
 コパルの言葉に、アイリーンはコパルの観察力と頭の良さに感心した。
 コパルは小さい頃から働き、字も独学、言葉も独学で学んだに違いない。しかし、この観察力と洞察力の鋭さは持って生まれた才能に違いない。
「ありがとう、コパル。では鍵を開けて貰える?」
 アイリーンは鍵を受け取るのではなく、敢えてコパルに鍵を開けてもらうことにした。
「畏まりました」
 コパルは言うと、抽斗の鍵を開け、直ぐにドアー脇の壁際まで下がった。それは、間違っても、中の書類を読むことがないようにする使用人としての心得だった。
 抽斗の中には、アイリーンからの手紙、エイゼンシュタインにいる本物のジョージと交わした手紙の他、見たことのない女性の手で書かれた手紙がしまわれていた。

(・・・・・・・・ああ、お兄様申し訳ありません。何方からのお手紙かは存じませんが、中を改めさせていただきます・・・・・・・・)

 アイリーンは心の中で謝罪すると、封筒の中から便箋を取り出した。