お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

「ねえコパル。タリアレーナで苦労してきたあなたには分からないかもしれないけれど、人の生まれに貴賤は無いのよ。確かに、身分制度はあるし、みなその身分に相応しい生き方をしなくてはいけないけれど。命の価値は等しいの。コパルの命も、私の命も、神の前ではみな等しく同じなのよ。この世に卑しい命なんて呼ばれるべき命はないの。それだけは覚えておいて」
 姫巫女だったアイリーンは、コパルに神の教えを説いて聞かせたが、コパルは複雑な表情を浮かべていた。
「ありがとうございます、ローズお嬢様。ですが、そのような事は、この国では許されません」
 コパルは言うと俯いた。
「そんなことないわ。少なくとも、この部屋では許されるわ。だから、椅子に座って頂戴」
 アイリーンが笑顔で言うと、コパルは緊張した様子でゆっくりと椅子に歩み寄り、服が汚れていないかを何度も確認してからそっと腰を下ろした。
「それで、お兄様の・・・・・・」
 油断していたアイリーンの口から『お兄様』という言葉がこぼれ出てしまった。
「えっ? ローズ様はジョージ様の婚約者では?」
 顔がひきつりそうになったものの、アイリーンは寸でのところで微笑み返した。
「小さい頃から正式に婚約発表されるまでは、ずっとお兄様と呼んでいたの。だから、その癖が抜けなくて、時々、今でもお兄様と呼んでしまうのよ」
「そうなのですね」
 コパルの言葉には、何とも表現しがたいミュアンスが込められていた。
「小さい頃から兄と妹のように親しくされていたローズお嬢様は、ジョージ様を愛していらっしゃるのですか?」
 コパルの問いに、アイリーンは満面の笑みで『ええ、とても!』と答えた。すると、コパルが気まずそうにアイリーンから視線をそらした。
「どうしたの、コパル?」
 アイリーンが問いかけると、コパルは視線をくるくると動かしながら、アイリーンと視線を合わせないようにしながらポツリと呟いた。
「もしかしたら、ジョージ様は、ローズお嬢様ほど・・・・・・。いえ、あの、それほど愛していらっしゃらなかったのかもしれません」
 一瞬、言葉の意味が理解できなかったアイリーンは、何度か頭の中でコパルの言葉を反芻してみた。

(・・・・・・・・お兄様は、それほどでもない。それほどでもないって事は、つまり、お兄様には好きな人ができた? それって、お兄様には恋人がいるって事?・・・・・・・・)

「コパル、それはどういう意味?」
 アイリーンはさりげなく尋ねたつもりだったが、尋ねられたコパルは冷や汗を流し始めた。
「あ、それか、もしかして、愛しすぎて耐えられなくなったのかもしれませんから、自分の勘違い、間違いかもしれません」
 コパルは慌てて言葉を継ぎ足した。

(・・・・・・・・ん? どういう意味? 『愛しすぎて耐えられない?』って、何が? 寂しくて? ホームシックになったって事? それなら学院を辞めて帰国すれば良いだけでしょう?・・・・・・・・)

 理解に苦しむアイリーンは、縋るような眼差しでコパルを見つめた。
「自分が、奥様に命じられてジョージ様の行き先を確認するために後を付けて辿り着いた場所は、歓楽街の連れ込み宿が並ぶ一帯だったのです。その事を奥様に報告したら、ジョージ様は奥様からもの凄くお叱りを受けて、きっとジョージ様は自分を嫌いになられたと思います」
 歓楽街の連れ込み宿と言われ、アイリーンは乗せてくれる貨物船を探すために尋ね回った酒場を思い出した。

(・・・・・・・・お兄様があんな所へ行って、外泊したと言うことは、女性を買ったって事? お兄様に限って、そんな事は・・・・・・・・)

 アイリーンは信じられず、考えながら俯いた。
「貴族の方でも、ああ言うところに通う方は多いです。ですから、ジョージ様が特別やましいことをしていると言うことではないと思います。でも、少し通う頻度が高かったので、お気に入りの女性がいらしたのだと思います」
 アイリーンの中で、兄に対するイメージがガラガラと音を立てて崩れていった。

(・・・・・・・・いくら貴族の子弟としてハメをはずしたいと言っても、そんな、お金で女性を買うなんて、そんなこと、お父様の耳に入ったら、例え無事に国に帰っても廃嫡されてしまうかもしれない愚行だわ・・・・・・・・)

 蒼い顔をするアイリーンに、コパルは立ち上がるとウィリアムが使っていた部屋を見に行こうと提案した。

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