お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 直ぐにタリアレーナを出てエクソシアに戻らなくてはならないカルヴァドスだったが、その晩はアンドレ共々街の宿に部屋を取って滞在することにした。
 エクソシアでかなり派手に動いたこともあり、カルヴァドスにはというよりも、カーライル公爵宛てに宮廷への召喚状まで出てしまったのは正直カルヴァドスにとっては計算外の事だった。
 エクソシアに戻れば、正装も全てあるので、特に用意する物はないが、強いて言うなら、アイリーンの結婚を白紙撤回させるための作戦にはカルヴァドスの心の準備が何よりも必要だった。
 しかし、アイリーンとしばしの別れになると思うと、船がエクソシアに向かって出航するまでの二晩は、カルヴァドスにとっては寛ぐことよりも、アイリーンにコッソリ逢いに行くことしか頭に浮かんでこなかった。
 一度はベッドに横になったものの、居てもたっても居られなくなったカルヴァドスは、起き上がると静かに宿を抜け出した。


 流しの辻馬車を拾い、侯爵邸から少し離れたところでチップを弾んで馬車を待たせると、徒歩で侯爵邸の裏口を目指した。カルヴァドスが来ることを予期していたのか、すぐにパスカルが姿を見せた。
「姫さんは?」
「正面に近い母屋の二階、右から三番目の窓がある部屋です。丁度、庭の鈴懸の木が窓の方へと枝を延ばしているので直ぐわかります」
「了解」
 カルヴァドスは言うと、闇に紛れるように侯爵邸の敷地内へと入っていった。
 パスカルの説明にあったように、大きな鈴懸の木の枝が窓の方へと延びていた。身の軽いカルヴァドスだから忍び込めると言われればそうかもしれないが、大抵盗賊の類も皆身が軽い、それを考えると一国の王女であるアイリーンを滞在させるには不用心な気がして、カルヴァドスは少し不安になった。