デロスの王宮に勝らずとも劣らない豪華な調度品の並んだ応接室に通されると、アイリーンはよく門前払いをうけなかったものだと、思わず胸を撫で下ろした。
エクソシアで仕立ててもらったドレスとはいえ、やはりいつも王宮で来ているオートクチュールのドレスに比べると、どことなく借り着のような感覚が抜けなかったが、船出来ていた町娘の服よりははるかに着心地がよかった。
ノックの音があり、扉を開けて入ってきた叔母のキャスリーンは、アイリーンの顔を見るなり絶句してお茶の用意をしようとするメイドも同席しようとする家令も部屋から追い出した。
それから、アイリーンの足元に跪くと、アイリーンの事を見上げた。
「アイリーン殿下、大変ご無沙汰いたしております」
叔母とはいえ、キャスリーンは伯爵家の令嬢にして、現在はシュナイダー侯爵夫人。一国の王女の前で立ったまま話すことも、向かいに座って話すにも、許可を求める必要がいる立場だ。
「キャスリーン叔母様、どうぞ、おかけになって下さい」
アイリーンの言葉に従い、キャスリーンは向かいではなく、アイリーンの隣に腰を下ろした。
「お手紙を戴き、お兄様を探しに参りました」
もう、ウィリアムは無事に屋敷に戻っていると、キャスリーンの口から聞きたかったが、重い口を閉ざし、俯いたキャスリーンの様子から、アイリーンは兄が未だに行方不明なのだと悟った。
「殿下、私の管理不行き届きゆえに、王太子殿下が行方不明になられるなどという不祥事を起こし、謝罪の言葉もございません。どうぞ、デロスにて、それ相応の処罰をお下し下さいませ」
キャスリーンの言葉に、アイリーンは頭を横に振った。
「どのような事情であれ、王太子としてではなく、一貴族の子息としての留学を望んだのはお兄様です。今は、一刻も早く、お兄様を見つけることに集中しなくてはなりません」
そこにいるのは、船でクルーと和気藹々と過ごしたアイリーンではなく、デロス王女のアイリーンだった。
「あまり、時間がありません。表向き私は、国をでていないことになっています。申し訳ありませんが、叔母様の話し相手と言うことで、二ヶ月ほどこちらに置いていただくことは出来ますか?」
「当然でございます」
「ですが、ギリギリまで侯爵には、私の身分は明かさずにお願いします。私の身分を明かせば、お兄様の身分も明かさずには居られなくなりますし、そうなると大事になってしまいますから」
アイリーンの言うのはもっともだった。どのような理由があったにしろ、デロスの王太子がタリアレーナ国内で行方不明になったということは、国家間の問題に発展するだけでなく、六ヶ国同盟内でのデロスの取り扱いに関わる立場のあり方に関しても大きな影を落とすことになりかねない事態なのだ。
「かしこまりました」
キャスリーンは頷くと、面差しが姉によく似たアイリーンの事を見つめた。
「まるで、お姉様がいらっしゃるようだわ」
涙がこぼれ、キャスリーンは若くして亡くなった姉のことを思った。
「直ぐに部屋を用意させます。私の話し相手ですから、メイド扱いはしません。使用人扱いでは、なにかと情報が漏れることにもなるでしょうから、客人扱いと致します。それでよろしいですね?」
「はい、お願いいたします。それから、夕食の後にでも、居なくなる前のお兄様のことを教えて下さいませんか?」
アイリーンは船での暮らしで身についた、下級貴族の娘のように叔母に敬意を払った。
「当然でございます、殿下。お食事はお部屋に運ばせます。それまでは、入浴され、新しいドレスにお着替えされて、ゆっくりお休み下さいませ」
「ありがとうございます」
「お茶も、お部屋に運ばせます。ところで殿下、お着替えは?」
あまりの荷物の少なさに、キャスリーンは心配になって問いかけた。
「実は、ほとんど用意していないのです」
半ば逃げるようにして国を出てきたアイリーンには、着替えと呼べるようなものはほとんどなかった。
「では、私が嫁いだ頃の古いものですが、それを用意させましょう」
キャスリーンは言うと、家令を呼び、細かい命令を与えた。
アイリーンは客間に通され、デロスを離れて以来、久々の安心して休める場所に心と体を落ち着けることが出来た。
☆☆☆
エクソシアで仕立ててもらったドレスとはいえ、やはりいつも王宮で来ているオートクチュールのドレスに比べると、どことなく借り着のような感覚が抜けなかったが、船出来ていた町娘の服よりははるかに着心地がよかった。
ノックの音があり、扉を開けて入ってきた叔母のキャスリーンは、アイリーンの顔を見るなり絶句してお茶の用意をしようとするメイドも同席しようとする家令も部屋から追い出した。
それから、アイリーンの足元に跪くと、アイリーンの事を見上げた。
「アイリーン殿下、大変ご無沙汰いたしております」
叔母とはいえ、キャスリーンは伯爵家の令嬢にして、現在はシュナイダー侯爵夫人。一国の王女の前で立ったまま話すことも、向かいに座って話すにも、許可を求める必要がいる立場だ。
「キャスリーン叔母様、どうぞ、おかけになって下さい」
アイリーンの言葉に従い、キャスリーンは向かいではなく、アイリーンの隣に腰を下ろした。
「お手紙を戴き、お兄様を探しに参りました」
もう、ウィリアムは無事に屋敷に戻っていると、キャスリーンの口から聞きたかったが、重い口を閉ざし、俯いたキャスリーンの様子から、アイリーンは兄が未だに行方不明なのだと悟った。
「殿下、私の管理不行き届きゆえに、王太子殿下が行方不明になられるなどという不祥事を起こし、謝罪の言葉もございません。どうぞ、デロスにて、それ相応の処罰をお下し下さいませ」
キャスリーンの言葉に、アイリーンは頭を横に振った。
「どのような事情であれ、王太子としてではなく、一貴族の子息としての留学を望んだのはお兄様です。今は、一刻も早く、お兄様を見つけることに集中しなくてはなりません」
そこにいるのは、船でクルーと和気藹々と過ごしたアイリーンではなく、デロス王女のアイリーンだった。
「あまり、時間がありません。表向き私は、国をでていないことになっています。申し訳ありませんが、叔母様の話し相手と言うことで、二ヶ月ほどこちらに置いていただくことは出来ますか?」
「当然でございます」
「ですが、ギリギリまで侯爵には、私の身分は明かさずにお願いします。私の身分を明かせば、お兄様の身分も明かさずには居られなくなりますし、そうなると大事になってしまいますから」
アイリーンの言うのはもっともだった。どのような理由があったにしろ、デロスの王太子がタリアレーナ国内で行方不明になったということは、国家間の問題に発展するだけでなく、六ヶ国同盟内でのデロスの取り扱いに関わる立場のあり方に関しても大きな影を落とすことになりかねない事態なのだ。
「かしこまりました」
キャスリーンは頷くと、面差しが姉によく似たアイリーンの事を見つめた。
「まるで、お姉様がいらっしゃるようだわ」
涙がこぼれ、キャスリーンは若くして亡くなった姉のことを思った。
「直ぐに部屋を用意させます。私の話し相手ですから、メイド扱いはしません。使用人扱いでは、なにかと情報が漏れることにもなるでしょうから、客人扱いと致します。それでよろしいですね?」
「はい、お願いいたします。それから、夕食の後にでも、居なくなる前のお兄様のことを教えて下さいませんか?」
アイリーンは船での暮らしで身についた、下級貴族の娘のように叔母に敬意を払った。
「当然でございます、殿下。お食事はお部屋に運ばせます。それまでは、入浴され、新しいドレスにお着替えされて、ゆっくりお休み下さいませ」
「ありがとうございます」
「お茶も、お部屋に運ばせます。ところで殿下、お着替えは?」
あまりの荷物の少なさに、キャスリーンは心配になって問いかけた。
「実は、ほとんど用意していないのです」
半ば逃げるようにして国を出てきたアイリーンには、着替えと呼べるようなものはほとんどなかった。
「では、私が嫁いだ頃の古いものですが、それを用意させましょう」
キャスリーンは言うと、家令を呼び、細かい命令を与えた。
アイリーンは客間に通され、デロスを離れて以来、久々の安心して休める場所に心と体を落ち着けることが出来た。
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