真っ暗だったサロンに灯りを灯すと、直ぐにアンドレが姿を見せた。
「アンドレ、訊きたいことがある」
 真剣なカルヴァドスの瞳に、アンドレはその場で、直立不動の姿勢をとった。
「皇帝陛下が、デロスの姫を妻にとお考えだと言う話を聞いたことはあるか?」
 カルヴァドスの問いに、アンドレは、いよいよこの質問がきたかという表情を浮かべた。
「はい。間違いございません。ですが、私の知る限り、デロスからはお断りを受けたと」
「なぜ、皇帝陛下がデロスから姫を?」
「簡単なことでございます。デロスの守護者たる立場を確固たるものとするには、デロスの王女を妻に娶る事が一番の近道でございます」
「だが、皇帝陛下の後宮には溢れるほど妻が居るし、皇帝陛下はグラマー好み、その、姫とはタイプが違うだろう?」
 カルヴァドスの問いに、アンドレは暫く黙してから口を開いた。
「デロスは小国。六ヶ国同盟の庇護下にある国。エクシソシアの皇帝相手に後宮を解体せよなどと、どの口が申せましょうか? それに、その、皇帝陛下曰く、たまには毛色の変わった娘も後宮を華やかにすると・・・・・・」
 バンっと大きな音をたててカルヴァドスがテーブルを叩いた。
「ふざけるな! 毛色が変わっただと? アイリはペットじゃないんだ、妻だぞ! それを何を考えてその様なことを・・・・・・」
「カルヴァドス様、お言葉をお控えください。仮にも、相手は皇帝陛下。カルヴァドス様とは言え、言葉が過ぎれば罰せられる可能性もございます」
「それにしても、なぜ、皇帝陛下が?」
 理由の半分はカルヴァドスにも理解できているつもりだったが、それでも問わずにはいられなかった。
「陛下は、女性好きな方でございます。姫巫女であった、純血のデロスの姫に興味をお持ちになられているのかと思われますが」
 アンドレの事場に、やはりそうなのかと思うと、カルヴァドスは怒りで拳を再び机に叩きつけた。
「くそっ! 俺にもっと力があれば・・・・・・」
 カルヴァドスの言葉にアンドレがジッとカルヴァドスの事を見つめた。
「それは、カルヴァドス様次第ではございませんか? ただの公爵として終わるか、それとも・・・・・・」
「言うな!」
 カルヴァドスは冷静さを失い、頭を抱えた。
 エクシソシアの皇帝の女好きは決して今に始まったことではない。それでも、カルヴァドスは純粋に皇帝がデロスの保護者となることを望んでいると信じていたから、まさか、皇帝がアイリーンにまで触手を伸ばしていたとは考えても居なかった。

(・・・・・・・・アイリは、もう諦めている。パレマキリアのダリウス王子に嫁がなかったとしても、エクシソシアの力を借りれば、その見返りとして皇帝に嫁がなくてはならなくなることを・・・・・・・・)

 良かれと思って、エクシソシアの主要な面々を焚き付け、皇帝も満更ではないという返事に気を良くしていた自分が救いがたい愚か者に思えた。もし、ずっと皇帝が娘ほども歳の離れたアイリーンを妻にと望んでいたのなら、この好機を見逃すはずがなかった。
 普通の状況ならば如何様にも結婚の話をごまかすことも出来るだろうが、パレマキリアから国を守ってもらったという負い目があれば、断れる話も断れなくなる。
 カルヴァドスは自らアイリーンを逃げられない袋小路に追い込んだような気がして、気持ちが晴れなかった。