「カルヴァドスさん、やはり、私にはお約束は出来ません。でも、もし、私がエクシソシア皇帝の後宮に入ることになったとしたら、同じ国にいても、カルヴァドスさんにお目にかかることは出来ないのだと、よく分かりました」
 アイリーンは寂しそうに俯いた。
「アイリ」
「どうか、ご家族と仲良く、幸せにお過ごしください」
「アイリ!」
 もう少しで、アイリーンの口から、自分の素性がこぼれ出てしまいそうだった。
「私には、何も出来ませんが、カルヴァドスさんのお幸せを心からお祈りしております」
 アイリーンの本心だった。
 カルヴァドスを愛しているからこそ、カルヴァドスには自分のような逃げられない運命に縛られず、自由に幸せになって欲しかった。
「アイリ、何度も言ったはずだ。俺が愛しているのは、アイリだけだ!」
「カルヴァドスさんが愛しているのは、姫様ではありませんか! 私は、ただの侍女。姫様の代わりにはなれません」
「アイリ!」
 もう少しでカルヴァドスは、アイリーンが本物の王女であることを自分は知っていると口に出してしまいそうになった。でも、アイリーン自身が素性を明かさないのに、自分が知っているとなれば、きっとアイリーンは、自分の前から姿を消してしまうに違いないと、カルヴァドスは察していた。だから、本当に愛しているのはアイリであり、王女であるアイリーンだと、カルヴァドスには告げることが出来なかった。
「アイリ、海の女神に誓おう。君が誰であれ、今この俺の目の前にいる女性を俺は心から愛している。その想いは永遠に変わることはない。君以外の妻は要らない。父が、君以外の妻を娶れと言うなら、親子が断裂したままでも俺は構わない。俺に二心在りし時は、海の女神の罰を甘んじて受けよう」
 それは、アイアリーンが知る限り、最高の愛の誓いだった。ここまでしてくれるカルヴァドスに、身分を明かせないアイアリーンは、苦しくて涙が溢れるのを止められなかった。
「これで分かってくれたか? アイリ、君はお姫様の代わりじゃない。俺は、今俺の目の前にいる君を愛しているんだ。例え君が王女だろうが、侍女だろうが、宿無しの風来坊だろうが俺は構わない。俺は、君を愛してる」
「カルヴァドスさん・・・・・・」
 アイアリーンはカルヴァドスの胸に顔を埋めた。
「必ず、逢いに行くから・・・・・・」
 アイリーンが無言で頷いた。
「船は、アイリが帰国するときまで、タリアレーナで繋留させて待つようにさせておくから」
 再び、アイリーンが無言で頷いた。
「荷物を積んでなければ、物資満載にして、どこにもよらずにデロスを目指せば、一月ちょっとで間違いなく帰れるから、天候がよければ、一月かからないかもしれない。でも、少し、余裕を持って出発した方が良いだろう」
 アイリーンが無言で頷いた。
「船には、ドクターとオスカーは必ず残るようにしておくから、そうすれば、アイリも安心だろ?」
 もう一度、アイリーンが無言で頷いた。
「愛してる。本当は、この手を離したくない。でも、アイリにはやらなくちゃいけないことがあるから、俺は、この手を離すよ・・・・・・」
「カルヴァドスさん、ごめんなさい」
「謝るなって、姫さん。何度も言うけど、姫さんに惚れたのは、俺の勝手なんだから、な・・・・・・」
「ほんとうに、ごめんなさい」
 アイリーンは、泣いて謝るより他に手はなかった。
 本当は、些細な期待を持たせておくことが、後にカルヴァドスの幸せの邪魔になることは分かっていた。でも、アイリーンの中にあるカルヴァドスを愛しいと想う気持ちを殺すことが出来ない今、アイリーンには、謝る事しかできなかった。
「体が冷える。部屋へ戻ろう」
 強い風から守るように、カルヴァドスがアイリーンを庇うように背後から支え、右舷にある自室へアイリーンを送っていった。
「ちょっと、外すから。もう、休んでて構わないから」
 カルヴァドスは言い残すと、サロンへと戻った。