お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!

 毎日、ローズマリーはアイゼンハイムとラフカディオの好物を持って二匹の働きを労った。
 人前では素振りは見せないが、アイゼンハイムが寝室の奥にアイリーンが愛用していたクッションを持ち込み、夜な夜なクッションの匂いを嗅いで主不在の寂しさを埋めようとしているのをラフカディオは知っていた。
 ラフカディオはと言えば、主が不在になってから、妙に自然界の動物が気になるようになっていた。今までは、野兎が脇をすり抜けようが、フェレットがうろうろしようが気にもならなかったのに、まるで野生の本能が呼び起こされるかのように、庭を徘徊する野生生物の動きにまで敏感に反応するようになっていた。そのせいで、アイリーンが見たら
『なんて可愛そうなことをするの?』と怒られそうな事をウッカリ行動に移してしまい、今週は既に野兎二羽とフェレット一匹を血祭りにあげた上、ウッカリ手を抜くのを忘れ、パレマキリアの間者の首を砕き折ってしまった。
 腹立たしいことに、間者を殺したことにアルフレッドからは『お前らしくない、やるなら手足をちぎる程度で生かしておけって頼んだだろう』と責められた。しかし、ラフカディオの中の野生の声が『止めを刺せ』と、ラフカディオを駆り立てた。そんな事は、アイリーンと暮らす間、一度も感じたことのない不思議な欲求だった。
 人を手に掛けた凶暴な狼というレッテルを貼られそうになったラフカディオは、アイゼンハイムのそばへと歩み寄った。
 主のクッションに愛情表現していたアイゼンハイムは、当惑したようなラフカディオにクッションを押して寄越した。
 鼻を近付けるだけで、主の香りがした。不思議なことに、主の匂いをかいでいると、血を沸き立たせるような『野生の声』はどこかへと消えていった。
 ラフカディオはクッションに残る主の匂いを胸一杯に吸い込んだ。
 頭の中で警鐘のように鳴り響いていた『止めを刺せ』『殺せ』という声はもう聞こえなかった。
 アイゼンハイムのクッションに自分の匂いを付けるのはマナー違反だと感じたラフカディオは、軽く一跳び、主のベッドに飛び乗ると、ベッドカバーを前脚でめくり返し、二つ並べて置かれている枕に顔をこすりつけた。
 洗濯されてはいるが、主の匂いと、よく髪に付けている薔薇の香りがした。
 ラフカディオは初めて理解した。自分を聖なる狼たらしめているのは、主の存在であり、主を亡くせば、自分はただの野生の狼と変わらなくなってしまうことを・・・・・・。
 そして、クッションに甘えるアイゼンハイムがラフカディオに教えてくれたのは、アイゼンハイムも同じで、主を失えば、怒りにまかせて無辜の命を犠牲にしてしまうかも知れない、凶暴な猟犬としての性質が表に現れてしまうことだった。
 その日から、ラフカディオは必ず毎晩、主のベッドで主の匂いを嗅ぎ、自らを律し、イエロス・トポスから贈られた聖なる狼としての威厳を取り戻した。