「姫さん、そんなに太陽に当たって大丈夫か?」
 船首に飾られている海の女神の像に向かって祈りを捧げているアイリーンを見つけたカルヴァドスが、水の入ったボトルを片手に声をかけた。
「はい。デロスの民は、太陽の光に当たっても日焼けしないんです」
 元々デロスは、秋冬のない南国の島だ。しかし、南国にも関わらず、デロスの民はイエロス・トポスの人々と同じ、透けるように白い肌の色をしているだけでなく、日焼けすることもない。
「そう意味じゃない。陸で当たる太陽と、海で当たる太陽じゃ光の強さが違うんだ。だから、慣れてないのに、そんなに長く太陽に当たってると、日焼けじゃなくて日射病にならないかって言ってるんだ」
 問いかけるカルヴァドスの前で、アイリーンの体がグラリと揺れた。
「あー、いわんこっちゃない! ほら、姫さん俺に掴まれ」
 アイリーンはカルヴァドスの伸ばした手に捕まろうとするが、体は急に縮んで行くように身長差が出来ていった。
「ほら、このボトル。持っててくれ」
 カルヴァドスはボトルを手渡すと、アイリーンを抱き上げた。
「ごめんなさい。航海の安全を海の女神に祈りたくて、船首に海の女神像があると聞いたものだから、船首でお祈りをしようと思っただけなのに・・・・・・」
 また、カルヴァドスに手間をかけさせてしまったと、アイリーンは申し訳なく思った。
「いいや、姫さんのお祈りなら、御利益があるにきまってる」
 カルヴァドスがアイリーンのことを『姫さん』と呼ぶようになってから、アイリーンは時々、自分の身分がカルヴァドスに知れてしまったのではと不安に思うことがあった。それは、今のように、アイリーンの祈りならば海の女神が祈りを聞き届けてくれると確信しているような、アイリーンが姫巫女だったことを知っているような発言をするからだった。
 しかし、当然のことながら船のクルー達は、アイリーンのことをデロスの姫だとは思っていない。だが少なからずというか、正確に言うならば、若い殆どのクルーがカルヴァドスがデロスの姫巫女に恋い焦がれていたことを知っているので、デロスの姫巫女と同じストロベリーブロンドの髪を持つアイリーンを姫巫女の代わりに『姫さん』と呼んでいるのだと思っていた。