あの晩のことを忘れようと思いながら、何度も思い出してしまい、週の後半はまったく仕事が手につかなかった。
 そんな状態で迎えた週末。訪れたのは、とある高級ホテル。
 待ち合わせのロビーのソファに座り、睦合くんを待っていると、ネイビーカラーのスーツの男性が近づいてきた。

「えっ……睦合くん……?」

 いつもだらしなく、無造作に放置された髪はスッキリとセットされていて、眼鏡もマスクもしていない。
 一夜を共にした翌朝、彼の素顔を見なければ気付かないほど別人の彼が、そこには立っていた。
 私の拙い語彙力ではどう表現したらいいかわからないが、イケメンすぎて一瞬見惚れてしまうほどだ。

「どうしてスーツなんか……」
「この後パーティーに出席するので、足田さんも着替えてきてください。部屋、取ってあるので」
「パーティー……? というか、着替えなんてないけど……」
「大丈夫です、用意してあるんで」

 あの日、給湯室で睦合くんは「週末、デートしてほしい」とだけ言った。
 だから普通の私服で出てきたのだが、パーティーだの着替えだの、彼は一体何を言ってるのだろうか。
 詳しい説明もないまま、彼に連れられるままホテルの一室へと向かった。




 連れて行かれた部屋には、落ち着いたダークグリーンのレースワンピースが置かれてあり、先に部屋にいた女性にあれやこれやと着替えさせられ、ヘアメイクまで施されてしまった。
 これから結婚式にでも行くのだろうかといった装いに戸惑っていると、タイミングよく睦合くんが戻ってくる。

「やっぱり、美佳さんにはその色が似合いますね」
「え? っていうか、名前……」
「今日はデートなのでいいじゃないですか」

 これ以上は言っても聞いてくれなさそうなので、諦めて頷く。
 すると彼は、ごく自然に私の手を引いた。

「それじゃあ行きましょ」
「行くって、どこに?」
「この後、兄の婚約パーティーがあるんですよ。そこに僕のパートナーとして出席して欲しくて」
「はい!?」

 そんなこと、まったく聞いていない。しかも、親族のパーティーに彼のパートナーとしてだなんて。
 躊躇っていると、「バラしますよ?」なんてまた脅されてしまい、今更引き戻すこともできなくなった私は、渋々彼について部屋を後にした。