「ラインハルトはくだばったよ。死んだらきみに渡してくれと手紙を預かってきた」
「死んだ?」
「ああ。敵の銃撃を腹に受けて死んだ。ヒルダ。俺と逃げよう。もうすぐベルリンへ敵が攻め込んでくる。だから、遠くへ、戦争なんかない遠くへ二人で逃げよう」
「・・・」
「ヒルダの気持ちは知っている。俺なんかより、あの貴族野郎の方が好きだってこともな。だから」

 オットーがそこまで言った時、それまで黙って聞いていたヒルダが悲痛な声で「違う」とつぶやいた。

「違う。違うよ。お兄ちゃん」
「なにが違うんだ」
「わたしが好きなのは、お兄ちゃんなんだよ。ずうっと。小さい頃から、ずうっと」
「な、なんだと」

 呆気にとられているオットーに、ヒルダは静かに言う。

「ラインハルトさんは素敵な方だけど、わたしとはあまりにも身分が違う。今日、求婚されるはずだったのは知ってる。でも、どうしても実感がわかなかった。それにわたしが好きなのは、オットーお兄ちゃんだから」
「ば、馬鹿な」
「今日はわたしの誕生日なんだよ。忘れちゃったんだね」

 そうだ。そうだったね。今日はヒルダの、僕の小さなヒルダのバースデーだった。それなのに。