Hold Me Tight

 彼は「ふふっ」と笑って立ち上がり、私に歩み寄って両手を広げた。

「おいで」

 ふわりと微笑むその表情にキュンと胸が締め付けられてしまう。私はおずおずと立ち上がり、彼の腕の中にすっぽりと収まった。彼は躊躇なく私をぎゅっときつく抱きしめる。細身の割に力が強い。私もおそるおそる彼の背中に腕を回す。

「ごめん、汗臭かったかも」

 全然色気のないセリフなのに、耳元で響く彼の穏やかな声が私の鼓動を早鐘のように速くさせる。

「いえ、全然」

 そこへ、コンコンコン、と楽屋のドアをノックする音が響いた。続けて、「高崎さん、ちょっといいですかー?」というスタッフと思しき男の人の声が聞こえた。

「ダメ。今お取込み中」

 彼はドアに向かってそう言うと、にやりと笑って私に視線を戻した。

「このまま君を連れて帰りたいけど、残念だね。このあと打ち上げなんだ。今日はここまでだね」

 彼は私から身体を離して私の額にキスを落とした。

「ふぇ!?」

 あまりの驚きで変な声が出てしまった。彼は私の反応を楽しむようにニコニコ笑っている。

「誰にも秘密だからね」

 彼は人差し指を口に当てていたずらっぽく笑った。


 骨董屋の店主ときは高崎洋司、バンドのアコースティックギタリスト兼ボーカル(時にパーカッション)のときは高崎洋之助というふたつの顔をもつ彼に、私はいつの間にか翻弄され惹かれていたようだ。骨董屋の彼と今目の前にいる彼を比べながら、やはり何とも言えない不思議な気持ちに陥ってしまう。私は彼の底知れない魅力に気づいてしまったのだ。


 そして、底なし沼にはまってしまったように、これから彼の魅力の沼に溺れていくことを今の私は知らない。