――それから何週間かが経った頃。

 例の夜会のあと、父上が勝手に話を進めていたのか、ミドルダム侯爵令嬢アレットと僕との婚約が成立しそうになっていた。
 当の本人の了承も得ずに勝手に縁談を進めていたことに怒りを覚えたが、正直に言うと……もうどうでも良かった。

 アレットだろうがガレットだろうがガジェットだろうが勝手にしろ。
 そんなに僕を誰かと結婚させたいなら、いくらでも結婚してやるさ。

 そんな投げやりな気持ちになっていた時、その報せは突然僕の耳に入ってきた。


「……国王陛下! ミドルダム侯爵領で強奪を繰り返していた賊を、我がセイデリアの近衛兵(このえへい)たちが捕えました!」


 朝食の最中、宰相が父上の元に駆け込んで来て息を切らせながら言う。

 賊を捕えたのは確かに大ニュースかもしれないが、何もわざわざ朝食の場でそんな血なまぐさい報告をしなくたっていいんじゃないか?
 食後の紅茶を飲んでいた僕は、ティーカップをソーサーにカツンと置いてため息をついた。

 父上は、宰相の言葉にうんうんと頷く。
 しかし、良いニュースを聞いているはずの父上の顔は、どことなく残念そうな面持(おもも)ちだ。


「そうか。本来はミドルダム侯爵家が先導して何とかおさめて欲しかったのだが……結局近衛兵の手柄となってしまったのか。致し方ないな。近衛兵には怪我はないのか?」
「それが、賊が弓の使い手でして……先に捕えた賊の一味が山影に隠れており、近衛兵が何人か矢に当たってケガをしたようです」


 宰相の報告によると、ミドルダム領に近衛兵を派遣して賊を捕える過程で、怪我を負った兵が数名いるとのことだった。
 近衛兵は傷を負ったまま森の奥まで賊を追い詰め、最終的にはダンシェルドとの国境近くで賊を全員捕えたらしい。
 しかし、森の奥深くでケガの痛みに動けなくなったセイデリアの近衛兵たちは困り果てた。

 何せ、馬も入れぬと言われる、呪いの森の奥深くでの出来事だ。

 五年前にダンシェルドとの(いさか)いがあった時に、双方の行き来がしづらいようにするために呪いをかけられた森なのだ。そんな森の奥深くまで迷い込んでしまっては、ケガをした兵士が無事にセイデリアまで戻ることは不可能に近い。

 そんな絶体絶命のピンチを救ったのが、何とダンシェルド王国の兵だったらしいのだ。


「……何だと? 我が国の近衛兵が、ダンシェルドの者と、会ったというのか?!」


 懐かしい国名が耳に入り、ついつい僕はその場で勢いよく立ち上がった。椅子が大きな音を立てて床に倒れる。

「はい、フェリクス殿下。ダンシェルドの兵が、我が国の近衛兵をミドルダム領まで送り届けて来ています」
「来ています……ということは、今この城に、ダンシェルドの兵がいるということか?!」
「殿下、仰る通りです。今、全員が治療を受けております」


 呪いの森を通過するからには、自らが呪いにかかってしまう危険だってある。そんな命の危険も顧みずにセイデリア王国まで近衛兵を送り届けたというのか。

 それだけではない。
 無事に呪いの森を通過できたとしても、険悪な関係が続くセイデリア王国に一歩足を踏み入れれば、セイデリア兵から攻撃される可能性だってあったのだ。

 そんなことさえ厭わずに、ケガをしたセイデリアの近衛兵を国まで送り届けてくれたダンシェルドの兵に対しては、セイデリア国内から大きな賞賛が寄せられることとなった。

 この出来事をきっかけに、五年間途絶えていた両国の国交は再び結ばれることとなったのだった。