エステルと僕が離れ離れになったあの日、イルバートに馬に乗せられたエステルはそのまま何日もかけてダンシェルドまで連れ戻されたらしい。着の身着のまま、何の準備もないままの帰国はとても過酷で、ダンシェルドに到着した頃には意識を失って倒れる寸前だったそうだ。

 国に戻った彼女が何日も寝込んでいる間に、ダンシェルドはセイデリアとの国交を断絶した。森には呪いがかけられ、屈強な騎士でもない限り無事に森を通過することはできない状態になってしまった。

 僕との婚約は解消だと、ダンシェルド国王陛下から一方的に告げられた。
 二度とセイデリアには行くな、とも言われた。

「でも、お父様にそう言われても、どうしてもフェリクス様のことを諦めることはできませんでした……!」

 僕の腕を両手でつかみ、懸命に自分の気持ちを伝えてくれるエステル。

 ……ごめん。そこ、さっき君に思い切りつねられたところなんだ。
 結構痛いんだよ。

 ダンシェルドで新しい婚約者を探そうと、エステルは社交界デビューをさせられる。

(ここはイルバートからも聞いていた話だな)

 王女と縁戚関係になりたいと野心を持った貴族たちに次々に声をかけられたエステルは、色んな貴族のご令息たちにつきまとわれることに疲れ切った。

 そんな日々が続いて自暴自棄になりかけていた頃、再びセイデリアと国交を結ぼうという話が降ってきた。

 再び僕に会えるかもしれないという希望を持って、前向きになったのも束の間。
 国交正常化の手続きや森の呪いを解くのにはかなりの時間がかかり、その間もエステルには沢山の縁談が舞い込んで来る。

「でも私はフェリクス殿下以外の方との結婚なんて考えられなくて……それならいっそ、みんなに嫌われるような悪役になればいいんじゃないかと考えるようになったのです」
「……悪役? それはどういうこと?」
「フェリクス殿下は、悪役令嬢(あくやくれいじょう)ってご存知ですか? 何も悪いことをしていない善良な令嬢をイジメたり、高笑いをしながらハイヒールで弱者を踏んで楽しむという趣味を持った令嬢のことです。私も本で読んで知ったんですけど」
「悪役令嬢か……僕はそういう本は読んだことないかな」