すると、先ほどまでオムレットを睨みつけていたエステルの目から、ポロポロと涙がこぼれ始めた。突然なぜ泣き始めるんだ?! 僕は何か嫌なことでも言ってしまったか?

 もしかして、卵アレルギーとか?
 オムレット、嫌い?

 とりあえずハンカチを差し出してみるものの、エステルの涙は止まらない。
 目の周りにべっとりと施した化粧を大粒の涙でにじませながら、彼女はまるでトーテムポールのような不思議な顔に変化していく。


「うっ……ううっ……」
「エステル、少しここを離れよう。もう一度庭園でゆっくり話をしないか」
「……フェリクス様、ひどすぎます……ぐすっ」


 泣きじゃくるトーテムポール、もといエステルを無理矢理に庭園に連れ出し、先ほどイルバートと話していたベンチに座らせた。
 渡したハンカチが落ちた化粧で真っ黒になってしまいそうだと少々躊躇したが、エステルの目から溢れ出る涙をハンカチで拭う。

 ハンカチには想像どおり、トーテムポールがベッタリと転写されていた。



 そのまま半刻ほど、エステルは泣き続けた。
 僕は何度もハンカチで涙を拭いてあげた。

 別に何か会話をするわけでもなく、ただ彼女の隣に座っているだけだったが、なんとなく昔に戻ったような懐かしい気持ちにとらわれる。

(そうか、子供の頃もエステルはよく泣いていたな。こうして僕がハンカチで涙を拭いてやったことも何度もあったような気がする。懐かしいな)

「……ははっ!」
「うっ……フェリクス殿下、もしかして私のことを笑いましたか?」

 懐かしい光景を思い出してふと漏れてしまった僕の笑いに、エステルが顔を上げる。

(あ……)

「エステル、化粧がほとんど取れてる……」
「ええっ?!」



 半刻も泣き続ければ、化粧が取れてしまうのも当然だ。

 すっかりノーメイクのすっぴんになった彼女の顔は、間違いなく僕の愛してやまない可愛い婚約者、エステル・ダンシェルドの顔だった。
 昔と変わらない大きくてまんまるな目、透き通るような白い肌、そしてほんのり薄紅色の頬。
 僕はつい無意識にエステルの頬にそっと触れてしまった。エステルはそれに驚いて身をそらす。

 僕はエステルの方に向かって座り直した。
 今だ、勇気を出して本音で話そう。

「……エステル、君と話したいことがある」
「はい……」

 すっかり化粧が落ちたエステルになら、緊張せずに話せる気がするよ。

 どうして君はこんなにも変わってしまったのか、理由を聞きたい気持ちもある。

 でもまずは、何よりも先に、僕のこの六年間の募る想いを伝えたい。