久しぶりに再会したかつての婚約者同士、積もる話もあるだろうと言われ、僕はケバケバ王女と共に離宮の庭園を散歩して回る羽目になってしまった。

 このケバケバ王女、確かに髪の毛はエステルと同じ栗色だ。
 ドぎつい化粧にすっかり埋もれてしまって見えないが、目鼻立ちにもエステルの面影が残っている。

 本当に彼女は、エステル・ダンシェルド本人なのだろうか?
 嫌だ、絶対に認めたくない。
 僕はこの六年、彼女に幻想を抱きすぎていたのかな?

 エステルと再会した瞬間に、僕はまた彼女に恋に落ちると思っていたのに、現実はそう甘くない。恋に落ちないどころか、()にも落ちないよ。

 自分の気持ちを整理できないまま、とりあえず彼女に腕を出してエスコートする気配を(かも)し出してみた。

 僕が差し出した腕を取る前に、ベッタリと塗られたアイシャドウとまつ毛がバサバサと瞬きをする。舞台女優ばりに濃い眉を眉間にぐっと寄せ、彼女は僕を睨みつけた。


「六年振りに再会したというのに、もう少し何かないんですの?」
「……へっ?」
「ほら。懐かしいねとか、会いたかったよとか。ずっとエステルのことを想っていたよ、とか。そういうセリフは一つも出て来ないんですの?!」

 ドレスと同じ色の真っ赤な口紅がベッタリと塗られた唇が、これでもかというくらい僕に悪態をついてくる。

「あっ! ええっと……とっても懐かしいデスネ」

 ……しまった、僕は完全に混乱している!
 機械人形のような僕のたどたどしいセリフに、エステルらしき女性は鼻の穴を広げて憤慨(ふんがい)した。


「フェリクス様! もしかして、わたくしの事なんてすっかり忘れて、他のご令嬢と恋仲になったりしてませんでしょうね?!」

 どうしよう。僕は今、エスコートしている腕を思い切りつねられている。

「痛っ……痛い、エステル王女殿下……」
「…………! まあっ、なんとよそよそしい呼び方でしょう! 昔は、エステルと呼んで下さってたではありませんか!」
「いや、そうじゃなくて……ちょっと久しぶりすぎて見違えたというか、すごくお美しくナラレマシタネ」

 庭園に入ったばかりでまだ案内もほとんどできていないというのに、僕はエステルっぽい女性の機嫌を損ねてしまったようだ。これでもかという程力いっぱいつねられた腕はポイっと放され、彼女は尻をフリフリ、護衛騎士イルバートの方に戻って行ってしまった。

(はあ……。一体なんなんだよ)

 僕はどうすれば良かったんだろう。
 貴女は本当にエステルなのか、と確認すれば良かったのか? そんなことをしたら、もっと機嫌を損ねそうだったじゃないか。

 六年間、エステルのことだけを考えていた。他の女性なんて目にも入らなかった。
 ひたすら恋焦がれ続けたエステル・ダンシェルド。

 ……こんなはずじゃなかったのに。

 再会したら二人で感動の涙を流し、再び婚約しようと言ってお互いを抱き締め合う。そんな美しい再会を夢見ていたんだ。

 どうしてこうなってしまったんだろう。