「トイレはどこだい?」

おばあちゃんの質問にこけそうになった。

「えっ、トイレ?案内するよ」

カウンターを離れておばあちゃんと女子トイレに向かった。

良かった。おばあちゃん、愛理さんのMC聴いていなかったんだ。このまま帰せばバレないで済む。

トイレのある店の出入口付近まで来ると、急におばあちゃんが立ち止まった。

「おばあちゃん、トイレこっちだよ」

振り返ると、おばあちゃんが怖い顔をしていた。

「春音、一緒に帰ろう」

おばあちゃんにいきなり腕を掴まれた。

「このまま帰ろう」

「おばあちゃん、急にどうしたの?私、まだバイト中だし」

「そんなのどうだっていい!大事な孫を失うような事はもうしたくないんだ。あの男のそばにいちゃダメだ。あの男は厄病神だよ」

おばあちゃん、黒須に気づいたの?

「ここはあの男の店なんだろ?今、オーナーだって紹介されたのを聞いたよ。春音は隠したかったみたいだけどさ。でも春音、どうしたんだい?美香を酷い目に遭わせたあの男の事を嫌ってたはずなのに。どうしてあの男の店になんかいるんだい?」

おばあちゃんが心配そうにこっちを見た。

「それは、その……お店のピアノを壊しちゃって。それで弁償する為に働き出したの」

「やっぱり酷い男だね。そうやって春音を騙したんだね」

「違うよ。本当に壊しちゃったの。だからその支払いが終わるまではここにいる」

「あんな男の言いなりになる必要はないよ。春音、帰るよ」

おばあちゃんが腕を掴んだまま歩き出した。

「帰らないってば!」

立ち止まって、おばあちゃんの手を振り払った。

「おばあちゃんは誤解しているよ。黒須は誰よりも美香ちゃんの死に責任を感じているし、亡くなった後も美香ちゃんを大事に想っているよ。酷い人なんかじゃないよ。すごく優しい人だよ。美香ちゃんは黒須と結婚して幸せだったんだよ。だからもう黒須の事を悪く言わないで!美香ちゃんが悲しむよ」

おばあちゃんにわかってもらいたい。美香ちゃんは不幸じゃなかったって。

おばあちゃんが信じられないものを見るような顔をした。
それから小さく笑った。

「春音、あんたもあの男の毒牙にかかったんだね。目を覚ましなさい。あの男はあんたが思っているような人じゃないよ。美香はね、あの男に騙されていたんだよ」

おばあちゃんの瞳が悲しそうに揺れた。