「早くピアノの修理代を払いたいの」

春音が腰に手を当て、こっちを睨んだ。

春音がBlue&Devil(ここ)で働いている理由をすっかり忘れていた。

「修理代はあといくら残ってるんだ?」

「30万」

「もう20万払ったのか。そのペースだと給料の全部を修理代に当ててるんじゃないのか?」

「当たり前じゃない」

「生活費はレンタルDVD屋の給料でやってるのか?」

「そうだけど」

ますます心配になる。無理して働いていないだろうか。
修理代なんか請求するんじゃなかった。春音との接点を作る為にした事だったが、裏目に出ている。

今さら修理代を免除するとは言えないしな。春音の事だから余計な事はしないでって突っぱねそうだ。

もう少しこちらを頼って欲しいが……。

「大学の学費はどうなってるんだ?まさか自分でか?」

「なんでそんなことまで黒須に言わないといけないのよ」

春音が拒絶するように胸の前で細い腕を組んだ。

「心配なんだよ。本当に。大変なら援助するから」

「黒須の援助なんかいりません!ちゃんと一人でやっていけるんだから」

「ちゃんとやっている人間は住む所がなくなったりはしない」

「それ言う?」

薄ピンク色の唇がムッとしたように尖った。その態度に腹が立つ。

こっちは美香だけではなく、春音とも二度と会えないような事になってしまうんじゃないかと、心配で堪らなかったというのに。

「僕の気持ちがわかるか?相沢から連絡をもらって、春音の姿を見るまで生きた心地しなかったんだぞ。ニューヨークからすぐに駆けつけられなくてどんなにもどかしかったか……。早く春音の所に行きたくて、羽田上空で飛行機から飛び降りようかと思ったんだぞ」

尖っていた薄ピンク色の唇が、困ったように歪んだ。

「あの、それは……ごめんなさい」

「ちゃんと反省して欲しいね。全く」

頬杖をつき、ため息をついた。視界の端に宮本君のにやけた顔が入った。
何をニヤニヤしているんだ?