目の前には黒シャツ越しの逞しい黒須の胸板がある。背中にはしっかりと回された腕を感じる。

今のこの状況を理解できない。
なんで私、抱きしめられてるの?

「く、黒須?」

「春音、なんでそんな思いつめた顔するんだ。僕はまた何か春音を追い詰めるような事言ったのか?」

黒須が心配そうに見下ろした。眉間に皺を寄せた表情が何だか苦しそう。

「心配になるじゃないか。春音に辛い想いはさせたくないのに」

これは心配して抱きしめているって事か。

「何かあるなら言ってくれ。春音の為なら何でもするから」

随分大げさな事を言うんだ。黒須ってこんなに心配症だったっけ?なんか可笑しい。

クスクス笑い出すと、黒須が驚いたようにこっちを見た。

「黒須は妹に甘いお兄ちゃんだね」

「春音は大事な妹だから甘くなるんだ」

やっぱり妹か。その言葉傷つくな。でも、この間よりは嬉しいかも。
こんなに黒須が心配してくれてるんだもん。ただの通りすがりのモブキャラでいるよりはマシだよね。好きな人に想われてるんだから。

そう思ったら、ちょっと気持ちが楽になった。
今は妹でもいいや。こうして一緒にいられるなら。

「じゃあさ黒須、大学にいてよ」
「辞めて欲しいんじゃないのか?」

首を振って否定した。

「最初はそう思ってたけど、今はいて欲しい。黒須の講義面白いから、もっと聞きたいの」

黒須が満面の笑みを浮かべた。

「わかった。春音が卒業するまではいる」