自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ

「お二人はニ十分後には到着出来るそうです」
「波島、連絡ありがとう。大樋さんの方は?」

「熱傷は手術室科はスタンバイOKです。裂傷と骨折の患者は到着次第、まずは検査に回します」

「分かった、ありがとう。もし裂傷のニ匹が手術になったら連絡してと伝えて。必要なら俺らも合流する」 
「はい、承知しました」

「緊急熱傷は時間との勝負だ、よし行こう」
「はい!」
 数足のスニーカーのきしむ音は響き渡り、手術室までその音は止まなかった。
 
 着々と手術の準備を進める中、隼人院長は他チームの先生とも話しながら手術の計画を進めていく。  

「もし熱傷深度が進行した場合、出来る限り早期に壊死組織除去術および皮膚の移植を検討する必要がある」 

 術衣やすべての装備をして、いつでも手術が出来る状態で待機している先生や看護師が、いっせいに隼人院長の話に耳を傾ける。

 患者の状況を目視した隼人院長が、次々に先生や看護師をチームごとに振り分けていく。

「人見、この子妊娠しているから任せる、波島のこともよろしく頼む。直接介助と器械出しは他チームの看護師に立ち会ってもらう」
「承知しました」
 
 それぞれが各自の手術室に入って行った。

「大樋さんは直接介助で阿加と俺の手術に立ち会って」
「承知しました、阿加ちゃんは器械出しよ」
「よろしくお願いします」
 恐れるものはなにもない、目の前の患者の命を救うのみ。

「熱傷患者が到着しました。田山ピュア、十六歳の女の子です」 

 手術室の準備が整うまで、外来の処置室で応急処置を施され輸液もおこなったピュアは管をつけて運ばれて来た。

「ピュア痛かったよな、熱かったよな。あとで先生が飼い主をこっぴどく叱っとくからな。テーブルクロスなんかケガをしてくれと言っているようなものだ」

 ピュアは痛々しくて、思わず顔が歪みそう。皮膚も白く、血の気がなくなっている。
 隼人院長はすぐに針刺し検査をおこなった。

「熱傷深度の進行は急には測定不可能だ。ただピュアは痛がらなくなっている。痛みを感じる神経まで損傷されている証拠だ」

 さっきまでの状況では痛がっている話だったのに。熱傷は本当に時間との戦い。

「ピュア、頑張って。私たちも頑張るから一緒に頑張ろうね」

 言葉を話せなくてもピュアは人間の言葉を理解出来るから、たくさん話しかける。

「ピュア良い子だな。心配すんな、先生が助けてやるから少しの間だけ眠っていてくれな」
 
「凄いですね、迷いなく一発でルートキープ決めて、本当に隼人院長お見事です、かっ」
「かっこいいんだろう」
 なにを今さらみたいに鼻で笑われた。

「阿加ちゃん、救急時とかのクリティカルな場面では、迅速に薬剤を投与する必要があるから、院長みたいなスペシャリストがいてくださると心強いのよ」

 大樋さんの言うクリティカルな場面。
 そうピュアの熱傷の大きな手術は、いつ急変して生命の危機に瀕するか分からない場面。

 急性期や重症患者の看護がクリティカルケア、まさに今がそう。

 麻酔を打って効くまで輸液やガーゼの補充の確認などをしている私たちのうしろで、隼人院長は電子カルテや様々な検査結果に目を通して全体を把握しているみたい。

 私が出来ることはピュアに声がけをすること。
 
 そろそろ麻酔がかかって深い眠りについたと思うけれど励まし続ける。

「さぁ手術を始める。ピュアを助けるために俺に力を貸してくれ」
 大樋さんと顔を見合わせて返事をした。大樋さんも隼人院長の言葉に驚いた様子。

 なんだって出来る腕利きスペシャリストの隼人院長が力を貸してくれなんて言うからびっくりする。
 士気を高めるためと緊張をほぐすための気遣いだと、すぐに分かった。