自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ

「次の子です、第二お願いします」
「はい」
 
 戻って来たら早速、受付スタッフから問診を指示され問診をして出て来た。
 俊介先生は診療に入ったのかなぁ。辺りを見回しても見当たらない。

 そこに、あろうことか非枝先生と出くわして結局、診察を頼んだ。
「なんだきみしか居ないのか」 

 モカのことはなかったことなの? なにをのうのうと。隼人院長がどんな想いでモカを助けてくれたか分かろうともしないんでしょ、腹が立つ。
 
「誰も居ないんじゃ仕方ないな、これ準備して」
 診察室から出て来た非枝先生がオーダーした薬剤。
「聞き間違いかもしれないので、もう一度おっしゃってください」
 
 聞き間違えしないようにと、本当にその薬で良いか自分でも薬効を分かっていないといけない。

 耳を疑った。今回の猫の疾患では絶対に投与しない薬剤をオーダーされたから。
 あまり経験がない新人の獣医みたいなミス。
  
「この子の疾患に投与して良い薬剤ではないです」
 すかさず非枝先生にはっきりと指摘した。

「お前ごときが生意気な。たかが出来損ないのアニテク(動物看護師)が診断するのは違うだろ」

 プライド高き頑固な循環器内科には、投薬ミスを指摘しても馬耳東風、響かない。

 仕方なく指示通り静脈注射を準備した。あまりに非枝先生が自信満々なので嫌になる。

 私の中の疑問と不安がどうしても消えない。納得いくまで自分を信じて動こう。
 忙しそうに診察室から出て来た葉夏先生をどうにか捕まえて報告した。
 
「あの先生なんてことを」 
 走り出した葉夏先生を追いかけて待合室に行ったら、まだ猫が居て容態急変の兆候はない。
 
 飼い主には投薬ミスとは口が裂けても言えない葉夏先生が、ありがちな理由をつけて一時あずかりに成功した。

 入院室に連れて行き、すぐさま診察台の上に猫を乗せた葉夏先生が薬剤を投与した。

「どうして、こんなことに。処置が遅れたら二日前後で、この子は確実に落ちる(死ぬ)。どうか間に合って、お願いよ」
 
 私たちの願いは虚しく翌日、患者は落ちた(死んだ)
 状況などから、非枝先生の薬剤投与が直接的な死因と分かった。

 突然の愛猫との永遠の別れに憔悴しきった飼い主から激しく責められたのは非枝先生ではなく葉夏先生だった。

 スタッフルームに戻って来た葉夏先生に駆け寄り誠心誠意謝罪した。
 
「葉夏先生を巻き込んでしまって申し訳ございません。私が葉夏先生に報告なんかしなければ......」

 どんなに深々と頭を下げても足りないほど、とんでもない責任を負わせてしまった罪悪感で、とてもしんどい。