自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ

「飼い主にとって大切なペットが少しでも生きて欲しいと思うのは自然なことだ」  
 なにを綺麗事並べて。
 
 自分が死期を早めたと思われたくないのが本音だって白状したじゃない。

「非枝先生の言い分も分かります。でも、今はオピオイドを使って苦痛を取り除いてあげてください」

 まるで溺れているみたいに苦しむモカの姿を前に、淡々としている非枝先生はとてもじゃないが正気に見えない。

「絶対に良くならないなら使用しないが、たまに良くなる子もいるから難しい」

 それはオピオイドのことじゃない。なにか勘違いしている。まさかわざとじゃないことを願う。

「こんな不毛なやり取りは無駄です。もういいです、話にならない」

 踵を返すとセンター中を走り回った。お願い、誰か先生居て!
 一分一秒でも早くモカを楽にしてあげて。

 廊下を走り抜けかけたら、脇道へ入る寸前のなびくドクターコートの裾が少しだけ目に入った。 

 獣医だ、お互いがあと少しでもズレていたらすれ違ってしまっていた。
 あああ、神様ありがとう!

「先生、すみません、急患お願いします」  
 走り抜けて息が途切れ途切れで精いっぱいの声がけをした。

 背中に向けて放った私の言葉に振り向くことはない獣医の声がする。

「急患はどこだ? 貧乏くじ」
 貧乏くじ?

「隼人院長、良かったぁ、隼人院長が居てくれた」 
 神様仏様隼人院長様。こんなに隼人院長に会いたかったことはない。

「どこにいるんだ、急患は」 
「緩和ケア室です」   

 走りながら今の経緯を説明すると入室した瞬間からケージに一直線で、モカを抱きかかえ診察台で迅速な処置をおこなってくれた。

「安心しろ、これでモカは落ち着いた」
 非枝先生は? 誰も居ない部屋でモカは苦しみに耐えていたんだね。

「良かった、モカ助かったよ、楽になったでしょ。隼人院長のおかげだよ」  
 そして隼人院長に言い足りないほど何度もお礼を言った。

「非枝先生、オピロイドは死期を早めるって、どこで習った知識ですかね、めちゃくちゃです」

「痛みが強いモカの場合、中毒や依存になることはない。徐々に量を減らして最終的に服薬はやめられる、死期を早めることなどない」 

「そうですよね、非枝先生のいい加減さには呆れます」

「モカは落ち着いたから持ち場に戻れ」
「ありがとうございます、失礼します」
 すぐさま踵を返すと、今来た廊下を逆戻りして俊介先生の待つ外来に戻った。

「おかえり、またモカのところに行ってたの?」
「すみません、気になっちゃって。外来は落ち着いていますか?」
「落ち着いてるよ、モカも落ち着いてる?」

 非枝先生のことから隼人院長のことまで洗いざらい話すと、クリーレンのオアシスこと俊介先生でさえも、さすがに非枝先生の言動を非難した。

 手を握らんばかりの優しさの塊、俊介先生だって許せないよね。
 怒りは決して表に出さずに、いつもみたいに穏やかだけれど心の中では相当苛立っていると思う。