自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ

 ミーティングが終わり、各自が持ち回りに向かっていたら長い廊下の向こうから非枝先生が歩いて来るのが見えた。

 資料を取りに行く私と病棟に向かう隼人院長が、非枝先生と鉢合わせをする形になった。

 両方とも私が苦手な二人がニアミスなの? なんて運が悪いの。何事もなく通り過ぎさせて。

 非枝先生からは嫌味、隼人院長からもなにか言われないか気が重い。

「おい、非枝、昨日の件知ってんだろう」
「さぁ、なんのことかな?」
 媚びるような笑顔で冷静を取り繕おうにも何度もメガネを上げるしぐさに動揺が表れている。

「飼い主のクレームは非枝の投薬ミスが原因だ」

「あの時点で投薬は間違っていない。上気道症状に対して抗菌薬は第一選択薬として適切な投与だ」

 隼人院長やスタッフの前では穏やかで謙虚に振る舞うからずるい。私には嫌味な態度で意地悪なのに。

「なに言ってんだ、ウイルス疾患だっただろう。抗菌薬を使用した根拠はなんだ?」
「待ってくれ、発熱があった」
 
 だけで? 嘘でしょ、それで抗菌薬使う? 昨日の猫はウイルス疾患だったんだよ?

 細菌感染の関与が疑われても、重篤な合併症のリスクが低く自然治療が期待出来る場合には抗菌薬は使用しないのに。
  
 こんなの私なんかでも、それくらい分かる。

「抗菌薬による治療の有効性が認められている場合には抗菌薬を使用するが、細菌感染の証拠は?」
 隼人院長が問い詰める。

 発熱があっただけで検査所見は?  

 そこから、重篤細菌感染症のリスクが高いと判断されたら抗菌薬の使用は認められるのに、非枝先生は様々な検査をしたっけ? 

 他のスタッフから検査をしたとは聞かなかった。
 発熱と聴診器で聴いただけで抗菌薬を投与?

「黙ってんなよ、証拠は?」
「発熱が十分な細菌感染の証拠になるんじゃないかぁ」
 困ったように語尾を伸ばし、必死に隼人院長に媚びを売る。

「上気道炎に合併する急性中耳炎、副鼻腔炎などの二次感染は、多くの場合抗菌薬を処方せずとも自然治癒する」

「それは初歩的なことだから僕にも分かっているさぁ」

「仮に肺炎を併発しても、血検やX線検査で診断を確定してから治療しても手遅れになることはない。なぜ発熱だけで抗菌薬なんか投与したんだよ」
 
 短気な隼人院長の荒らげた声のトーンが下がった。動物のことを想って哀しくて情けなくなったのかな。

「もう非枝、お前はいい」