別れ際に渡されたクレジットカードにだけは意地でも頼るまいという決意は変わらなかったものの、夕妃の助言もあり、家賃を浮かせるために妊娠中から産後一年はありがたく住まわせてもらい、生活が整った去年の七月に引っ越しをした。

今は得意の英語やドイツ語を活かし、絵本の翻訳の仕事に就いている。

保育園に預けて会社勤めする案も考えたが、急なお迎えにひとりでは対応できないと考え、在宅ワーカーとして働こうと決めた。

決められた勤務日はなく、指定された日程までに翻訳した原稿をメールで送ればいいので、湊人が昼寝中や就寝後に仕事をしている。

贅沢は出来ないものの、それなりに収入は安定していて、湊人とふたり、幸せに暮らしていた。


* * *

買い物を終え、湊人のお気に入りの特撮ヒーロー『秘密警備隊フラッシュライター』の主題歌を歌いながらアパートに帰ってくると、入口前に見慣れぬ車が止まっていた。

ふたりの姿をバックミラーで見つけたのか、運転席から出てきて振り返った長身の男性の睨むような眼差しに射すくめられる。

「その子が、新しい男との子供か」
「拓海さん……」

目の前の光景が信じられず、息を呑んだ。

キリッとした眉と黒曜石のような黒い瞳は見る者を圧倒するほど印象的で、こちらの心の内をすべて見透かしてしまいそうな力がある。