何もない房の中で、二人は向かい合って座る。

 前皇帝の妃の大半が、既に後宮を出た。ここ梅華殿だけではなく、他の殿舎も大半がもぬけの殻である。この房からどこまでも続く静寂の中に、春雨の音だけが響く。

 琳伽(りんか)逞峻(ていしゅん)が共に時を過ごしたのは、もう何年も前のこと。今更対峙したとて何を話せばよいかも分からず、居心地の悪さから琳伽(りんか)は円窓から外を見た。
 つい先ほどまで同じ場所から景色を眺めて心を静めていたのに、今は目の前に逞峻(ていしゅん)がいるからか、やはり心は落ち着かない。

琳伽(りんか)

 逞峻(ていしゅん)が衣の裾を直しながら口を開く。

「……どこの寺に向かうつもりだ」

 散々もったいぶった挙句、行き先だけを尋ねて来た逞峻(ていしゅん)の言葉に、琳伽(りんか)は呆れて目を開いた。
 わざわざ皇帝が従者も付けずに誰もいない後宮に現れ、琳伽(りんか)の去り際を引き留めて置いてこんな話だ。行き先だけが知りたいのなら、あとから何とでも調べようがあるものを。

 せっかく梅の花とも別れを済ませ、逞峻(ていしゅん)への想いを断ち切ったところだったのに、これでは未練が残ってしまう。
 琳伽(りんか)は苛立ちながら逞峻(ていしゅん)の問いに答えた。

「行き先は、温恵郡の慶鵬寺(けいほうじ)でございますが」
「出家……するのだな」
「はい、私には子がおりませんので。尼となって前皇帝陛下の供養をしながら余生を過ごしたいと思っております」
「そうか……」

 そしてまた、二人の間に静寂。
 目線も合わせようとしない逞峻(ていしゅん)に、次は琳伽(りんか)が口を開いた。

「陛下。もうそろそろ私は参ります。雨の中、輿をいつまでも待たせるわけには参りませんので」
「……待て! こんなことを言いたかったわけではないのだ。これを……」