(黄色の傘……梅の模様?)

 後ろから傘をかざした人の方に琳伽(りんか)が振り返ろうとすると、それを静止するように首元に太い腕が伸び、そのまま抱きすくめられる。
 驚いた顔をした朱花がもう一度礼をして、足早に走り去った。

張 琳伽(ちょう りんか)
「はい……」

 琳伽(りんか)の耳元で、低い囁き声が聞こえる。
 朱花が驚いて走り去ったということは、この背後の男の正体はあの人しかいない。

「皇帝陛下。おやめください」
琳伽(りんか)……なぜ私に挨拶もなく去ろうとしたのだ」
「申し訳ございません。ですが私は前皇帝陛下の妃。もう既に後宮での役目は終わっております。どうぞお放しください」

 腕の力が緩んだ隙に琳伽(りんか)は抜け出し、一呼吸整えてから、うしろを振り返る。
 皇帝の象徴である龍の刺繍の入った上衣、大帯にかかった碧の佩玉。傘を片手に立っていたのは、とうの昔に琳伽(りんか)の背丈を超えた、二十歳になった逞峻(ていしゅん)であった。

「まだ時はあるだろう。ここでは雨に濡れる。中に入ろう」
「輿を待たせておりますので」
「遅れると伝えてある」

 琳伽(りんか)の返事を待たず、逞峻(ていしゅん)琳伽(りんか)の頭上に傘を寄せ、背中を押して殿舎の中へ入るように促した。