だって。ついさっき、クレメントは何の未練など見えないあっさりした態度で目の前から去って行った気がするもの。

 彼との思い出が頭の中をぐるぐると回っては、また意識がこの美しい庭園に戻ってくる。

 社交界デビューした時に、真っ先に声をかけて貰えた事に浮かれすぎて、帰りの馬車の扉とキスしたこと。仲良しのシェフリチャードに内緒で手伝って貰って作ったクッキーの甘い匂い。その夜に貰った、愛がこもっていたはずの甘い言葉たちが並ぶ手紙。

 ああ……別れてしまった今になってみると、何もかもが。全てが、空しい。

 皆が皆。初めて付き合った恋人と、結婚出来る訳ではない。人生の最後まで共に居れる訳ではない。それがわかっていながらも、こう考えずにいられない。

 いつか終わってしまう何かなら、いっそ最初から何もない方が良いのかもしれない。

 そうすれば、こんなに自分の中が何もかも空っぽになってしまったような、今まで生きて来た道筋が何もかもが無意味に思えてしまうくらいのひどい痛みを心が耐え難いほどに感じるようなことなんてなかったはずなのに。