圭人が専務に就任して三ヶ月が経つ。
 彼は今、営業部で貴之や菜々の上司として働いている。菜々は圭人に書類の軽微なミスを咎められ、貴之に泣きついたところ突き放されたらしい。貴之は貴之で、何やら以前圭人にかなり失礼な態度を取ってしまったらしく、圭人からかなり厳しくマークされているみたい。ちょっと同情しなくもないけど、もう私には関係ないことだ。

 私はというと、希望するなら営業部に戻れる、と総務から言われたものの、きっぱり断った。だから今も、商品開発部でヤッシーたちと一緒に楽しく働いている。
 
「ただいまー」

 仕事を終え玄関を開けると、部屋中に美味しそうなにおいが広がっている。

「おかえり萌子さん。今日もお疲れさま」

 ついに自分用に買ったエプロンを纏い、圭人がこちらを振り向く。

「ごめん、忙しいのにご飯作ってもらっちゃって」
 彼はかなりの頻度で、また私にご飯を作ってくれるようになった。
「何言ってるの。いいんだよ、僕はまだ新入社員だからね」
「誰よりも怖い新入社員ね」
 あはは、と圭人が笑う。
「私も手伝うよ」
 手を洗ってから圭人の隣に並ぶと、彼は手に持っていたお玉を鍋の中に置き、私の手を握った。

「な、何? どうしたの?」
「萌子さん。今度こそ、応えてくれる?」
「応えるって、何を……?」

 なんて、とぼけてみたけど嘘。本当はわかってる。自分の気持ちも。

「萌子さんと、今度こそずっと一緒にいたい。もう離さない。——結婚しよ?」

 きゅううん、と胸が締め付けられる。私を惑わす、仔犬の瞳。

「圭人、知ってる? 成人年齢が引き下げられたの」
「男が結婚できるのは十八からだっていうのは、変わらないから」

 間髪入れずに返され、圭人に背後から抱きしめられる。綺麗で大きな腕を、ぎゅっと掴んだ。
 ねえ、圭人。最初で最後のワガママを言ってもいい?
 
「ずっと、そばにいてね?」
 
 圭人は答える代わりに、私の頬に甘いキスを落とした。