仕事を終え家に帰る。玄関を開けると、今夜も美味しそうなにおいがする。
 
「萌子さん、おかえりー」
 
 エプロン姿の圭人が私を振り返って微笑む。うん、今夜も相変わらず仔犬感がすごい。
「た、ただいま」
 このやり取りにはなかなか慣れない。だって、家に帰ったら誰かがいるなんて状況、高校生の時以来だから。

 圭人は慣れた手付きで料理をしながら、てきぱきと食卓の準備をしている。今どきの若い男の子って、みんなこんなに家庭的なのかな。
 
「いただきます」
 今夜は韓国風の巻寿司キンパと、柚子の香りがするお吸い物、それにチヂミのラインナップ。デザートには柚子のシャーベットまであるらしい。

「んーっ、美味しい」
「ほんと? 良かったぁ、そう言ってもらえて」

 圭人が嬉しそうにエヘヘと笑う。か、可愛いすぎやないか……。

「ねえ、どうしてそんなに料理が上手なの?」

 恥ずかしい話、私より数万倍上手だ。私はレシピ通りに作っても何故か不思議な味になる。貴之にそのことでよくからかわれていた。

「僕、じいちゃんとばあちゃんに育てられたんだ。料理は元々好きだったけど、ばあちゃんに仕込まれたのが大きいかも」
「へえ……。素敵なおばあさんね」
 彼の両親はどうしたんだろう、と疑問には思ったけれど、聞かずにおいた。誰にだって、きっと触れてほしくないことはあるはずだ。
「僕が料理すると二人が喜んでくれたんだよね。それが嬉しくて、気付いたら色々作れるようになってたな」
「そうなんだ」
 そういうものか。私だって、貴之に喜んでもらいたくて頑張ったのに、結局一度も喜ばれたことはなかったな。

「ねえ萌子さん」
「何?」
「明日、仕事休みだよね? 何か予定ある?」
「……特に無いけど」
 圭人の顔が、ぱあっと明るくなる。
「じゃあさ、僕とデートしない?」
「でっ、デート⁉︎」
「うん。隣町でさ、フードマルシェがあるんだ。珍しい食材もたくさんあるみたいだから気になって。一緒に行かない?」

 ……フードマルシェなら、何か仕事の参考になるかもしれない。それにしてもこの子、本当に料理が好きなんだな。
「……別に、行ってもいいけど?」
 日本一可愛くない返事をする私。
 それなのに圭人は、大袈裟に喜びをあらわにした。
「ほんと? やったー! 楽しみだなあ、萌子さんとデート」
 一回りも離れた年上女とデートなんて、一体何が楽しいんだろう? やっぱりこの子、だいぶ変わってるわ……。