「そんな……。無理ですわよ!」

 ビアンカは、激しくかぶりを振った。

「私には、騎士団寮の仕事があります。それを放棄するわけには参りませんわ」

「お気持ちはよくわかります。ですが、ビアンカ嬢の後任は早急に探しますので、どうかそのことはお気になさらずに。殿下のご希望を、叶えて差し上げていただけませんか」

 ボネッリ伯爵は、妙にイケイケだ。とはいえ、突然の話に、思考が付いて行かない。ビアンカの献立を取り入れるだけではなかったのか。いきなり、王子殿下の日々の食事を作れだなんて……。

 呆然としていると、伯爵は身を乗り出した。

「病み上がりのあなたに、突然こんな話をお聞かせするのもどうかとは思ったのですが……。殿下は、たいそう強硬に希望なさっておいでなのです。実は、その、あなたを連れ帰るまでは、この地を去らないとまで仰っていて」

「えええ!? まさか……」

「本当なのです」

 伯爵は、眉をハの字にした。

「正直なところ、王子殿下にいつまでもご滞在いただくのは、我々にとって大変負担なのです。主に、接待費が……。料理長も、神経性胃痛が再発しておりますし、どうかご協力いただけないでしょうか?」

 すると、父も口を挟んだ。

「ビアンカ。ここはお受けしてはどうかね。王都など初めてで、不安であろうが」

 実は前の人生で知ってます、とビアンカは密かに思った。それにしても、父が賛成するなど意外だ。すると父は、困ったような笑顔を浮かべた。眉を寄せたその表情は、ボネッリ伯爵そっくりだ。

「そのお……。お母様が、大賛成でな。すぐにでも王都へ連れて行けと、それはすごい剣幕で」
 
 ステファノとの縁を期待していたものなあ、とビアンカは思い出した。味方を得られたと思ったのか、ボネッリ伯爵が顔を輝かせる。

「おお、ドメニコ。さすがは我が親友だ。協力してくれるなど、嬉しいぞ!」
「当然ではないか。エルネスト!」

 今ひとつ頼りない中年男二人は、ひしっと抱擁を交わしている。ビアンカは、そっと視線をそらした。あまり見たくない構図だったからだ。