羞恥でパニックになるビアンカをよそに、試合は佳境に入った。地面に倒れ込んだアントニオの喉元めがけて、ステファノが剣を振り下ろそうとする。その時、ステファノと目が合った。

 次の瞬間、ステファノはなぜか剣を打ち捨てた。全速力で、こちらへ走って来る。彼は、マントを脱ぎ捨てると、ビアンカにかぶせた。すさまじい目つきで、後方の男性客らをにらみつける。

「そなたら……。女性の危機を救うどころか、卑しい視線で汚すとは。相応の処分は、覚悟いたせ!」

 男たちが、震え上がる。一方、周囲に控えていた騎士らは、戸惑いを隠せない様子だった。対戦相手のアントニオも、呆然としている。

「殿下……!?」

 ステファノは彼らに向かって、ためらいなく告げた。

「この勝負は降りた。パッソーニ殿の勝ちだ」
「そのような……!」

 家臣らからは、一斉に非難めいた声が上がったが、ステファノはそれを無視した。ビアンカの体をマントでくるみこむと、抱き上げる。ビアンカはぎょっとした。

「殿下!? 何を……」
「控えの間まで連れて行く」

 ステファノは、こともなげに言った。

「下ろしてくださいませ! 一人で、歩けます……」

 ビアンカはじたばたと暴れたが、ステファノに放す気配はない。逆に、力強く抱き込まれてしまった。

「私などのために、大切な勝負が……」
「そなたは貴婦人で、私は一騎士だ。何を差し置いても貴婦人に尽くすのが、騎士であろう?」

 本気で抱いて連れて行くつもりらしく、ステファノはすたすたと歩き始める。別の意味の羞恥で、ビアンカの頭は完全に混乱し始めた。次第に、気が遠くなってくる。

「貴婦人なんかじゃ、ありません……。私は、料理番で……」
「ああ。私の専属料理番だ。これからも、ずっとな」

 朦朧とする意識の中で、そんな台詞が聞こえた気がしたが、それきりビアンカは気を失ってしまったのだった。