アントニオの決勝戦の相手は、熊のように体格の良い、大男の騎士だった。妻子持ちらしく、見物席では、幼い五人の子供たちが声援を送っている。「お父様、牛が食べたいよう」と叫んでいるところを見ると、文字通りハングリー精神で勝ち上がってきたのだろう。

「案ずるな。きっとお前たちに、肉を食わせてやる」

 大男騎士は、子供たちに手を振った。温かい声援が湧き起こる。一方のアントニオにも、若い娘たちからの応援の声が上がっていた。ついでにそれらに交じって、エルマの「牛だ、牛」とわめく声も聞こえる。

(エルマさん、プレッシャーを与えないでってば!)

 ただでさえ、観客は大男寄りだというのに。アントニオが試合に集中できるよう念を送っていると、当の本人と目が合った。ビアンカが贈った白いリボンを、胸に飾っている。彼は、やおらそれを取り外すと、無言で口づけた。再び、リボンを胸に戻す。言葉はなかったが、アントニオの気持ちは十分伝わってきた。

「体格で、差が付きそうですな」
「いやいや、あのパッソーニという男は、反射神経が素晴らしいらしい。どうなるかわかりませんぞ」

 王立騎士団の騎士らは、興奮しながら語り合っている。

「……じゃあもしや、あの娘の献立に変わると?」
「それも、よいかもしれませぬぞ。チキンのフリッターなど、なかなか美味そうでは……」

 彼らの関心は、すでに自分たちの食事に移りつつあった。それをたしなめたのは、ステファノだった。

「先を案ずるより、パッソーニの動きを注視しておれ。これまでの試合を見る限り、彼の太刀筋は、並ではない。一度とて、乱れはしなかった」

 騎士たちは、一斉にかしこまった。

「ははっ」
「……では、殿下はパッソーニが勝つとお思いですか?」

 ステファノは、薄く笑った。

「チキンのフリッターが、そなたらの常食になるのは、間違いなかろう」